歯科医学から口腔医学へ
概 論
会からのメッセージ
NPO 恒志会理事長 土居元良
NPO法人「恒志会」は、2004 年 5月 6日 (平成16) 、設立されました。
それまでの片山恒夫先生の考え、即ち「患者と共に、医・患共同で努力すれば、再発のない回復の状況を保ち得ることができる、突き詰めれば、生活の中から病因・病根の悪習慣を完全に取り除いていくことが可能ならば、患者と医師の共同の努力の結果として真の医療が実現できる」という考えと、彼の業績・志しを伝え残す事が第一の目的でした。
そしてまた、患者の健康回復、維持増進を図る事業等に関する幅広い分野での啓蒙活動、及び歯科医師の技術水準の向上を図ることをも目的としています。
そのため、2008 年「虫歯から始まる全身の病気」の翻訳出版を記念して「病巣感染を再考する」と題する創健フォーラムの開催を皮切りに、「口腔と全身」をテーマにする講演会を開催してきました。
その機会に「恒志会」では口腔医学の創設を提唱しました。
口腔医学の定義については未だ定まっていませんが、多岐に分科した現在の医科学を、歯科、内科、皮膚科、耳鼻咽喉科等の関係領域を学際的、統合的に捉え、鼻咽腔・口腔と全身との関係を研究し組織立てようとするもの、と私は考えています。新しい視点での口腔医学の確立には、法整備を始めとする医歯学教育、医療システム、 医療保険制度の変革が必要でしょう。
志を同じくする医師、歯科医師および関連する諸組織と共に、息の長い活動が求められていると考えています。一方、近年、小学校児童のみならず成人も含め、口呼吸をする人が増えているとの声を多く聞きます。
そのことが、上下顎骨の発育の不均等からの鼻腔の狭小、歯列の乱れ、咬合の乱れのみならず、様々な病の元になるとの警告もあります。
この口呼吸を招来する諸要因と口呼吸が及ぼす諸症状について、問題提起と解決の糸口を提案するために、「口呼吸と鼻呼吸」をテーマにした講演会も開催してきました。また「恒志会」では、口腔内の疾患が全身に及ぼす影響を広く知っていただくために、これらに関する書籍の翻訳出版も行ってきました。
- 「虫歯から始まる全身の病気 ー隠されてきた歯原病の実態ー」 ジョージ・E・マイニー著
- 「全身歯科」 マーク・A・ブレーナーDDS 著
さらに 2005 年、「食生活と身体の退化」の著者であるウェストン A. プライスの記念財団として知られているプライス・ポッテンガー栄養財団 ®(PPNF) との姉妹関係を結び、現在に至っております。
口腔医学の学問体系の確立と医学・歯学教育体制の再考
2009 vol.4
田中健藏 学校法人福岡歯科学園理事長
20世紀後半からの、歯学を含めた自然科学の進歩は目ざましく、社会経済環境の改善と相俣って、わが国は世界の般長寿国となった。そして一般歯科関係でも、罹患率からみた疾病構造は著しく変化した。一般医科関係では、感染症(乳幼児感染疾、肺結核など)が署明に減少し、高血圧性脳出血も減少した。遂に生活習慣病である肥満、高血圧、糖尿病、心血管病が、肝癌、肺癌、乳癌、大腸癌などの癌とともに増加している。歯科関係では、むし歯は著明に減少し、歯周病、舌癌、一般医科疾患による口腔病変などが増加し、口腔インプラントの患者が増加している。
歯科の患者層は少子高齢化により高齢者が多くなっている。歯科治療を受けている高齢者は、生活習慣病、高血圧、糖尿病、メタボリック・シンドロームなどの一般医科の疾患に罹っている有病者が多いのが現状である。
さらに、歯科疾患と全身疾患との関連性が明らかになって、例えば糖尿病における口腔病変、歯周病と急性心筋梗塞との関係や、骨粗鬆症の治療薬による顎骨壊死、自己免疫疾患と口腔病変など、口腔疾患と全身疾患との関係が注目されている。
医療に対する国民のニーズも多様となり、医療過誤などの問題を含めて、質に対する要求が非常に厳しくなっている。
また、最近は高齢者の口腔ケアが、誤嚥性肺炎の発症予防やQOLの向上との関連で注目されている。このようなことで、歯科医療と一般医科医療との関係は、大変密になっている。
これまでの歯科医療の中心は、見方によっては、歯およびその周囲組織を主な対象とし、全身とは切り離された医療として実践されてきたきらいがあり、歯科医療は”器材による疾病の治療”という側面が強調されて、“患者を対象とした疾病の治療”である一般医療とはやや異質なものとみられている。 こうした立場に基づいた今日までの教育体制、学術体制、医療体制は、歯科医学、歯科医療に独自の発展をもたらし、歯科としての「業」も強固なものとなった。 しかし、独自性が強くなることによって、人の組織や機能に手を加えて疾病を治療するという本来の歯学の目的が弱められる結果ともなっている。
他方、最近の歯科医療、歯学教育は、単に歯およびその周囲組織にとどまらず、口唇、口蓋、舌、唾液腺、口腔粘膜、顎骨、顎関節など、広く口腔領域の疾患を対象としている。疾病構造の変化、口腔疾患の全身の健康への影響、歯学の進歩などによる歯科医療のパラダイムシフトは、口腔外科と耳鼻咽喉科との間の解決すべき問題などはあるが、今日の歯科医師には、全身疾患の理解のもとに、口腔という臓器の疾患の治療予防を行う医療人であることが求められている。
このようなことから、歯学、歯科医療、医学・歯学教育の将来について、改変を望む声は次第に強くなっている。
このことは、国民医療の基本的な課題で、医療人のみでなく、一般国民の意向や判断を仰ぐことが不可欠であり、皆様の検討・批判をお願いする次第である。
口腔医学の学問体系の確立
口腔は摂食、嚥下、消化、呼吸、発音、味覚など、人の生命保持の基本となる多くの機能を有している臓器である。健全な口腔機能なしには、人類、民族としての繁栄を享受できなかったことは想像に難くない。
福岡歯科大学でも時代の要望に応えるべく、診療体制、教育体制の変革を行ってきた。大学附属病院は医科歯科総合病院と病院名称を変更し、一般医科関係の内科、外科、形成外科、心療内科、耳鼻咽喉科、ペインクリニックに専任の教授、教員等を配置し、医師と歯科医師が協力して診療に携わる口腔顎顔面美容医療センターも開設した。歯科診療も総合歯科を中心とする診療体制の下、順調に運営されている。
学生の授業カリキュラムでは、実習を重視し、臨床授業時間のなかでの一般医科臨床の授業時間を増し、10年前248時間6.3%、5年前216時間5.5%と較べて、最近は414時間8.7%と増加している。
さらに、文部科学省の助成を受けて、福岡歯科大学が代表校となり、九州歯科大学、北海道医療大学、岩手医科大学、昭和大学、神奈川歯科大学、鶴見大学、福岡大学とともに、歯学系、医学系8大学の戦略的連携による「口腔医学の学問体系の確立と医学・歯学教育体制の再考」というプロジェクトを開始した。
また、高齢者歯科と関連して、他の歯科大学にはないことであるが、介護老人保健施設、介護老人福祉施設を開設し、学部学生は1年、3年、5年次に介護実習、口腔ケア実習を行っている。 こうした介護施設での実習の必要性は、次の事実からも明白である。
介護老人保健施設での調査では、高齢者の口腔ケアを行うと、Oral Hygiene Indexは2.99から1年後には1.48と減少し、清掃不良のものが、46.2%から8.5%と著明に減少して、食事の内容の改善などQOLの向上がみられた。
また、誤嚥性肺炎の発症頻度も口腔ケアにより滅少している。このようなevidenceを基にした高齢者の口腔ケア教育は、これからの歯科医師、医師として担うべき現実を如実に示している。
「口腔」という用語は、国立大学大学院の歯学系専攻科では、口腔医学、口腔生命科学などと使われており、なじみのあることばである。
国際的にも中国では歯科大学を口腔医学院 School of Stomatology と呼んでいる。ちなみにアメリカでは、Harvard大学を含む9大学で School of Dental Medidneと称し、Doctor of Dental Medidneという学位を授与している。
以上述べたことから、歯およびその周囲組織の疾病を主対象とする歯学から、口腔全体の疾病を対象とする口腔医学へと、歯学の概念を改変することが妥当であり、また、必要なことと考えられる。そして、口腔疾患を治療する者は、一般医学の教育を充分に受ける必要があり、現在の歯科大学の教育カリキュラムも一般医学関係をより充実させることが必要である。他方、医科大学では、口腔ケアの教育実習を充実させる必要がある。そして、最終的には、「口腔医学(口腔科)」を全身医学の一分野として位置づけることが最良の方策と考えられる。
歯科医療環境は、歯科医師需給、歯科医師臨床研修、歯科医療費抑制、医科と歯科との医療経済の格差など、多くの課題を抱えている。従って、それらの諸問題を打開する新しい発想が必要である。
このような観点からも、生命科学を基盤とし、口腔という臓器の疾患の治療と予防を担当する分野として、「口腔医学(口腔科)」を創設・育成することが、21世紀の医療を向上させる上で重要な課題であると考えられ、ライフサイエンスにおける「知の統合」の大きな目標になると考えられる。そして、このような改変は、現在の逼迫している歯科に大きな夢と希望を与えることにもなる。
医学・歯学教育体制の再考
作家の遠藤周作氏が1987年から95年にかけて、産経新聞に連載した「花時計」の中に、「なぜ歯学だけ別扱いなの?」という一文がある(1989年8月15日掲載)。遠藤周作氏は身体をアメリカ合衆国にたとえ、耳鼻科や眼科は医学部に属しているのに歯科だけがなぜ別扱いにされるのかという疑問を投げかけている。この素朴な疑問は、遠藤周作氏のような一般の人に多いだけではなく、歯
科医療従事者の中にも、宮城・仙台口腔保健センター長の杉本是孝氏をはじめ、広く存在している。
一般医科のなかにも、内科医の菊池博氏が「日経メディカル」(1994年10月10日号)に「医科と歯科を一体化して全人的医学教育を」という一文を載せている。鴨下重彦氏も「学術の動向」(平成20年1月号)に、医学部と歯学部の統合を提案し、国立大学の歯学部はすべて廃止し、その施設や人員を医学部に充ててはどうかと提案されている。東北福祉大学の杉本是明氏は心療内科の立場から、歯科心療内科の必要性、口腔医学の重要性を強調している。
医学の歴史が浅く、規模も小さかった医学黎明期には、歯学は医学と一体のもの(「医歯一元論」)として取り扱われており、最初から別なものとして出発したのではない。歴史的にみると、アメリカでMaryland医科大学が開設された時、当時の歯科はScienceでないとして加えられず、歯科医師は独自にBaltimore歯科大学で教育されるようになった。わが国でも医師を養成する国立医科大学創設時に歯科医師養成は含まれず、歯科医師の養成は私立歯科専門学校で教育がはじめられている。そして、明治39年(1906年)に医師法及び歯科医師法が制定され、医師・歯科医師の身分と業務に問する規則が集大成され、この時点で、従来は医科の一部として取り扱われてきた歯科が完全に独立し、歯科医師が生まれたといわれている。
その後、「医歯二元論」の下で医学、歯学ともに大いに発展し、両者の規模は業としても大きくなり、医歯が分離した後、百年に及ぶ永い歴史もあって、理念的な「医歯一元論」を廃し、現実的な「医歯二元論」をとって現在に至っている。 しかし、時代は変わり、前にも述べたような「医歯二元論」では対応できない多くの問題が出てきている。
遠藤周作氏も述べているように、歯科医学は医学全般と、もともと一体であるべきものであり、最終的には、医学全体の一専門分野として「口腔医学(口腔科)」として位置づけることが、社会のニーズに対応し、国民の健康増進に一層寄与することになると考えられる。一般医科の耳鼻咽喉科、眼科や循環器科が特定の臓器の疾患の専門科となっているのと同じように理解するのが妥当である。
患者の立場からは、歯を含めて口腔の疾患について、専門的に優れた知識、技術を持ち、医療全般の研修を積んだ医療人に診断、治療を受けることは、大変喜ばしいことである。
カナダDalhousie大学のCohen教授は、“Today's dentistry will become tomorrow's stomatology, a specealty of medicine” と述べて
おり、アメリカではこの考えに賛成する人も多いと聞いている。
瀬戸瞳一氏が『学術の動向』(平成19年4月号)に、「歯科医療は世界のどこの国でも医療とは別の業として区別されているが、その区分けは国によって異なり、しかもどの国でも曖昧で問題を生じやすい。困ったことは業として厳しく分けられて長年月経ているうちに学術的にも段々と疎遠になる傾向があり、一方では歯科という小さなフレームの中では切瑳琢磨が行われにくいだけに、少しずつ進歩のスピードが遅れ気味となって、その結果、中距離レースにたとえるならば、いつの間にか歯科の研究レベルは、医科と比べて周回遅れになってしまったという現実に直面している」と分析されているのは、もっともな意見であり、重要な指摘である。
歯科医学は今一度原点に立ち返り、口腔医学として医学的基盤に立った学問体系を確立し、医学との関係を一元的に整理する必要がある。
医学と歯学とを相対峙するものとして捉えることからは、両者の「知の統合」は成し遂げられない。医学と歯学の関係者が、それそれが持つ文化と歴史の違いを止揚し、「口腔医学(口腔科)」は医学を基盤とする一専門分野であることを認め合うことによって、初めて「医学」と「歯学」の「知」は統合され、患者にとって最良の医療を提供できるようになる。
学校教育法、医師法、歯科医師法などの法改正、大学、医療関係諸団体のあり方の改変など、改正すべき課題は多く、行く道は多難ではあるが、「口腔医学(口腔科)」の学問体系を確立し、将来的には「医歯一元化」を実現することは、「患者中心の医療」の「知の統合」として意義高いものであり、世界にも発信する価値があるものである。医学、歯学を統合した教育体制の実現を図るのは、社会が変革を望んでいる今しかない。そのためには、歯学、医学の関係者が、それそれの立場で協力して、学界、社会、行政、関連諸団体等、それに国民の理解と協力を得るよう努力することが不可欠である。
本稿は平成20年9月2日、日本学術会議主催で開催された、市民公開シンポジウム「歯科医学の将来展望」で発表した講演の要旨である。
学士会会報N0.875(2009年3月号)より転載
「歯医者」から「歯科医師」、「歯科学(歯学)」から「口腔医学」へ
2009 vol.4
恒志会 理事・歯科医師 のきた康文
はじめに
私は最後の片山セミナーで、片山先生から「いいとこ取りの治療は嘘があり、害がある」とひどく叱られました。結構多くの先生の記憶に残ったようで、その後の他のセミナーなどでお会いした先生方に「あの時の・・・」と話題になりました。あの時は何も言えずに終わりましたが、今思い返すと私一人が叱られたのか、或いは代表して叱られたのかわかりませんが・・・。ただ未だにあの時を思い出しては初心に帰っています。
初めて片山セミナーに参加した時は勤務医でした。勤務地が才フィース街だったので卒業して13年ただひたすらアマルガムを除去してはインレーに取り換える診療をしていました。セミナーでは見るもの全てにショックを受け、さらに「これが医療!」というメッセージを受けとったつもりでした。そして診療室でトライしてはみるものの、孤軍奮闘簡単に出来るものではありません。悲しいかな以前の診療に戻るのにそれほど時間は必要ではありませんでした。(勤務医で受講された先生方の中には診療室で、片山教に洗脳されたと中傷された先生方もいらっしゃいました。)そこで、自分の診療室だったら・・・と思い、開業して片山セミナーを再度受講し直しました。今度はスタッフから「先生どうしたの・・・?」と言われ、また以前の診療に逆戻りしました。そこでスタッフも一緒に片山セミナーに参加しました。結果は以前よりもスムーズに診療が進み始めましたが、やはりスライドのような現実はやってきませんでした。
片山セミナー
片山セミナーでは、歯科における疾病の治療が現状回復のみならず、生活由来性疾患(生活習慣病)ととらえ原因除去を、さらに診療中・診療後に再燃・再発の起こらないことを目標にします。病因の存在する生活の中ではすべてが対症療法にとどまることを理解し、それはまた医患協働作業でなければ達成できず、そこに初めて治癒の存在があると認識するのでした。
恒志会のパンフレットの表紙には、「歯科学から口腔医学へ 口は全身のメッセージ The Mouth Speaks for the Body.」とあります。これは歯科医師に向けただけではなく、一般の、普通の人々へ、そして「害を与えない事が第一」とは、歯科医師への強烈なメッセージです。 ここに片山先生の、恒志会の医療の本質があります。
医療行為・治療がすべて善であるという前提で、歯科医師のみで治療行為を行っている限り到達できない治癒。医患協働作業でなければ治癒に向かわないことを知り、自覚しなければすべては始まりません。
日常診療の中で、多くの志ある先輩たちは歯学(歯科学)と歯科医学との隔たりに憤りました。そこで、医学の一分野である歯科として、歯科医学として啓蒙してこられました。それは、歯科治療が形態回復のみに重点を置いて治療や教育された後輩に、疾病から生まれた健康感から真の健康感を目指す歯科治療を実践されてきました。ただそこには社会環境の変化に個人レベルでの対応の困
難さが存在しました。
これからの歯科界は
医学・歯科医学は、社会環境の変化(高齢化)に伴い疾病構造の顕著な変遷に対応しつつ、再構築されつつあります。それは歯科医学が、「歯とその周りの歯周組織」から「口腔」と対象を変化させ、形態回復(保存修復・補綴物装着)から機能回復(咀嚼・嚥下)・体力向上等多岐にわたり更に患者の自立的健康生活へと認識し始めたことにも起因します。
かつてバブル経済後に出てきた再構築(リストラクゼーション・リエンジニアリン)と言う言葉が正しく理解されず、いまだにリストラを除去という手法だと誤解し成果を求めている現状があります。再構築は、解体・再編成ですべての分野での進化の一手法ととらえれば、現在の歯科界にも必要と思われます。そしてそれは歯科界のみならず他業種との真の協働作業(医患協働作業と同様の);インターデシプリナリにより達成される分野もあります。
社会へのアプローチは
歯科医学として医学や他業種への懸け橋となった最新の出来事は、恒志会会報第2号に会員便りを投稿されている 米山武義先生の活動が特筆されます。 ご存じの先生方も多数いらっしゃるとは存じますが改めてそのご活躍を紹介いたします。米山先生が1999年Lancetに発表された論文で、口腔ケアが肺炎発症抑制効果に有効と認めらました。アメリカではその予防効果と医療費抑制の観点からアプローチが始まり、それが日本の厚生行政を動かし、歯科の立場を一気に向上させました。日本の高齢化は予想をはるかに越えたもので諸問題の発生にも米山先生の論文がベースとなり社会を動かしてきています。
また別の意味で歯科界の将来を憂える現状(歯学部受験生激減・定員割れ・国家試験合格率低下・ワーキングプア等々)を教育の現場から変えようとして大学改革を行った大学・福岡歯科大学がありました。
そこで今回(6月6田沖専務理事・緒方理事と小生で学会出張中の田中健藏福岡歯科大学理事長と本田武司常務理事にインタビューを申し込みました。その中で大学改革のベースの一つとして「口腔医学の学問体系の確立と医学・歯学教育体制の再考」(学士会合報N0.875)と題した論文と「新時代の口腔疾患対策一口腔医学の創設・育成と口腔ケアの推進ー」(歯界展望別冊vol.109 N0.5)を挙げられました。教育は広い視野の育成であり、歯科と他科医学を結びつけるキーワードは「口腔ケア」と。(そしてそのベースにはやはり米山論文があり、片山哲学(恒志会)を見ることが出来ました。)また、福岡歯科大学は臨床の場を歯科大学付属病院から、医科歯科総合病院・介護老人保健施設・介護老人福祉施設・訪問歯科・在宅ケア・福岡医療短期大学(歯科衛生学科・保健福祉学科)へと広げていっています。
これからの日本は
今の活躍する世代は40・50 代。 10年後活躍する世代は今の30・40代・・・。今始まった福岡歯科大学の試みが成果を出すには多少時聞かかかるかも知れませんが、確実にこの世代が40・50 代になった時には、恒志会の活動は高く評価されることは疑いありません。
片山セミナーでは言葉を一つひとつ分解していく思考法を教授されます。治療・医療が「health」を目指すには、語源の「healing」を理解し、さらに「whole」「holism」「holistic」へと。診療は「患者に対して害の無い治療」を、その目標の解説にWHOの健康の定義を挙げてこられました。 WHOの最重要テーマが「貧困」ということで健康の定義変更採決までには至っていないそうです。
そこでここにその定義案を掲載します。
Health is dynamic state of complete physical, mental, spiritual, and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
(健康とは身体的、心理的、社会的、スピリチュアルに完全に望ましいダイナミックな状態であり、決して病気や障害がないという意味ではない。)
言葉一つひとつを丁寧にとらえられる片山先生だったらどんな風に解説されるでしょうか?
口腔医学の進展を願って
2010 vol.5
NPO 恒志会 理事長 土居元良
2008年「虫歯から始まる全身の病気」の翻訳出版を記念して「病巣感染を再考する」と 題する創健フォーラムを開催しました。
その機会に恒志会では口腔医学の創設を提唱しました。 口腔医学の定義については、未だ定まっていませんが、私は非常に分科した現在の医科学を鼻咽腔・口腔と全身との関係について、歯科、内科、皮膚科、耳鼻咽喉科等の関係領域を学際的、統合的に捉えようとするもの、と考えています。
言うまでもなく、鼻咽腔は呼吸を、口腔は食物摂取の機能を司り、どちらも生命の源です。
それらの形態、機能が食べ物の豊かさと食生活や生活習慣の変化に反比例して、低下・機能不全となり病巣感染から全身病を生み出しています。口呼吸も病巣感染の契機になると考えられます。
このような時代こそ先人の業績、警告にいまいちど謙虚に耳を傾けることが、重要でしょう。
W. A.プライスが25年の歳月と60余名の医師・歯科医師のチームで研究した病巣感染についての成果は80年にわたり隠蔽されてしまいました。
その為、象牙細管に潜んだ細菌の動向や細菌が出す毒素が全身にさまざまな病状、病巣感染を引き起こすことの解明がなされませんでした。現在でも象牙細管の消毒、殺菌についても臨床術式が確立していません。
二回にわたって「病巣感染を考える」をテーマに創健フォーラムを催しましたが、まだまだ課題を残していると思われます。
当面は歯科と内科、皮膚科、耳鼻咽喉科等との連携を密にすることで診療実績、知見を積み上げていく必要があります。
今年の創健フォーラムでは「口呼吸を考える」をテーマに準備を進めています。 いま、小学校児童に口呼吸の子供が増えているとの声を多く聞きます。
上下顎骨の発育の不均等からの鼻腔の狭小、歯列の乱れ、咬合の乱れが、口呼吸を来たし、将来の万病の元になるとの警告もあります。
口呼吸を招来する諸要因について、問題提起と解決の糸口を提案できたらと、考えています。
新しい視点での口腔医学の確立には、法整備を始めとする医歯学教育、医療システム、医療保険制度の変革が必要でしょう。
志を同じくする医師、歯科医師と共に息の長い活動が求められます。
なぜ歯科学でなく 口腔医学でなければならないか?
2011 vol.6
NPO 恒志会 副理事長 鈴木 博信
歯科は中国では牙科という。あわせて歯牙となるが、「歯牙にもかけない」といえば「論じるにも値しないと無視してかかる」という意味の成句であるのはご存知のとおりである。
だが、歯を守るためには歯根を支えている顎の骨 ―歯の土台となる歯槽骨― が溶けて消滅しないように守ることこそが肝要である。そのことを知るに至った21世紀人としては、歯科・牙科という伝統的なネーミングを「歯牙にかけず」にふりすて、口腔医学の旗をかかげ口腔医と名のるべき秋(とき)が来ているといってよい。
なぜなら ― 歯の根と顎の骨を包んでいる歯肉をマッサージし血行をよくすることによって、歯を支える大地たる顎の骨を強化し活性化してやること、そのさいとりわけ歯根の間のごみ掃除と歯根部をおおっている歯肉のマッサージを怠らないこと ― この作法を身につけさせ身につけることこそ口腔医と患者の双方が協力して実行すべき作業の核心だからである。
具体的には「ほんまもんの」ブラッシングという物理療法=良き生活習慣、を医患共同作戦で身につけることである。 「歯をみがく」のではないのである。「歯」みがきはわすれ去ってもらい、歯根のごみとりと歯肉のマッサージに集中することによって、クリーンで健康な口腔を獲得してもらうのである。「歯」 科学でなく「口腔」医学を名のる第1の意義はそこにある。
口腔医学の名乗りをあげる、さらに重要な決定的な意味あいは、以下の点にある。歯周病を筆頭とする口腔内の病気や「口呼吸」を代表とする口腔のまちがった使い方 ― が、全身のいたるところで重大な疾患を引きおこすことは、このところ日本でも急速に市民の知るところとなってきた。
この事実は、いいかえると口腔の健康が以前の常識では考えられないほど大きく全身の健康を左右すること、口腔の保健と医学こそ保健一般・医学全体の中心的な座を占めるべき位置にあること、を意味している。
福岡伸一さんの卓抜な比喩を借りていうと、人間の身体は形態学的には「ちくわ」のようなものである。「ちくわ」の内側の空洞が口から肛門までの消化器系である。(鼻から入った空気(いき)も口をとおってはじめて呼吸器系へつながっていく。口がここでも決定的な役割を果たしていることは、ことわるまでもあるまい。だから消化器官を流動している食べものは厳密な意味では「身体の内側」にいるわけではない。まだ外側にいるのである。吸収されてはじめて身体の一部になる。 まさに外に拡がっている宇宙は、口から肛門にいたる空洞となって身体に入りこんでいるのであり、「座禅をしてみて、身体がわたし、身体をとおしてつながる世界全体がわたしかもしれない、という気付きがあった」と語る在日20年、兵庫の山奥の安泰寺住職をつとめるドイツ人の禅僧ネルケさんのことばも、わたしたちの「ちくわ」性を実感として表現したものといえる。
身体と三千世界・大宇宙をつなぐ開口部、 接点(インターフェイス)である口腔こそ、身体全体の命運を左右する臓器なのである。
口腔の健康なはたらきを支え発展させる口腔医学を医学の中心におき医学そのものを生命(いのち)に即して組みかえる歴史的使命を果たすこと、をだれよりも強く期待されているのが「歯科医」なのである。
この使命を胸に「領空侵犯」をおそれることなく、医学の領域にも生命科学の分野にも大胆不敵に踏みこんで、「根性丸出し」(片山恒夫先生)でおやりいただきたいものである。
医師免許法の矛盾に着手を
恒志会理事・りすの森デンタルクリニック院長 緒方 守
今年2月18日の新聞紙上で、千葉がんセンター の歯科医の医科麻酔への参加が無資格診療にあたるとして警察の捜査が入ったという記事を目にし た。
翌日には、西日本新聞社が北九州市で主催した 「第四回命の入り口セミナー」に参加してきた。 また、昨年には第一回バイオレゾナンス学会に参加してきた。
この二つの講演の共通するところは前者には医師の今井一彰先生が、後者には矢山利彦先生が 登壇し、二人とも歯科医になりたいと願っていたことである。
その理由は、全身疾患の治癒には口腔内の解決が必要であること、医科だけではリウマチやアトピーを始め難治疾患をどうしても治すことが出来ないと知ったからだそうである。
薬を飲み続けても何十年も治らなかった人が、口腔内の環境を変えたら、信じられない速さで改善して来た患者さんを幾人も彼らは経験している。
今井先生はそれを画像で、満員になった聴衆に、まず歯科に行けと証拠として見せていた。その時のどよめきが今も耳に残っている。
先月29日に開催された有病者歯科医学会第一回学術教育セミナーの中で、講師の歯科医である井川雅子先生が原因不明の口腔顔面疼痛に三環系抗うつ薬が非常に有効であるにもかかわらず歯科医であるためにそれを処方できず、いちいち医科に処方を依頼せざるを得ないため、それが治療法を世間に広めることを妨害していると嘆いていた。
誰か行政を動かしてくれる人はいないかとの問い掛けである。
母校では、大山学長のお声掛かりで教養部だけでなく、医科・歯科合同の専門課程での授業も始められたと伺っている。しかし、医師免許と歯科医師免許をまったく別個のものとして扱っている現況では、歯科医は風邪薬も処方できず、せっかくの教育も免許法の仕組みを変更しないと効果が薄くなる。 ハーバード大(www.hsdm.harvard. edu/)の歯学教育では、歯科専門に移るのは最後の二年間であり、それまでは医科学生と合同で全身のことを教養学問も含めて徹底的に学ばせているようである。
教育改革が先か、医師・歯科医師免許法の改正が先か行政担当省も違うし、単科大学で歯科医学教育を行ってきた我が国では、反撥もあり障碍も多いだろう。
しかし、福岡歯科大学のように単科大学にも拘わらず、口腔医学教育を掲げて医科歯科統合の道へいち早く船出した大学もある。
医学部を卒業し、歯学部の専門課程に学士入学したり、歯学部を卒業して医学部に編入してダブル ライセンスを持つ人もいるが、非常に少数である。 しかし免許を取得し、実際に患者さんに接してから、ダブルライセンスの必要性を感じる歯科医はこれからますます多くなるだろう。
駄目な金属や根管治療が全身を侵すと医師から指摘されて大衆がざわめき出すと、歯科医はそうでないと言い張れるだろうか?否が応でも全身疾患の勉強をせざるを得ない。
そして歯科分野が免疫を高めて行くのに好都合な分野であることは、薬を最終的には無にしていく歯周病の軟組織の変化を見れば明らかである。 医師国家試験受験資格は単位制として、卒後研修で単位を取得できる環境つくりをすべきであり、十種以上の処方がざらの現在の医科医療から、薬減らして国民を健康に導くダブルライセンスの医療へと歯科医療は進むべきである。
本稿は東京医科歯科大学歯科同窓会会報「創立 80周年記念特集号」の依頼寄稿文である。
口腔医学の学問体系の確立と医歯二元論の再考
─歯学から口腔医学へ─
学校法人福岡学園理事長 九州大学元総長 田中 健藏
はじめに
最近の医学、歯科医学の進歩は目醒ましく疾病構造に著明な変化がみられ、寿命は延長し、少子 高齢社会を迎えて、医学と歯学、一般医療と歯科医療との関係は大変密になってきた。そのため、従来の医療のあり方、医師・歯科医師の教育体制について変革を行う気運が高まり、「口腔医学」 の学問体系の確立と、「医師、歯科医師の一元化」 が、患者中心の医療のあり方「知の統合」として 注目されている。
医師法、歯科医師法、学校教育法などの変革は大変なことであるが、医師、歯科医師およびその教育関係の人々が一体となって努力し、患者中心の医療における「知の統合」を計ることが緊急の課題と考えられる。
歯学教育の歴史的変遷と口腔医学の学問体系の確立
二十世紀後半からの医療、歯科医療の急速な進歩は、社会環境の改善と相埃って疾病構造に著明な変革をもたらすとともに、国民の医療や健康保持に大きく貢献し、わが国は世界一の長寿国となった。しかし、これまでの歯科医学・歯科医療 は歯およびその周囲組織の疾患を主な対象とし、 全身とは切り離された形で実践されてきたととられ、一般医療とはやや異質のものとみられている。
ギリシャ、ローマ時代には、医療は祈祷師や医師によって行われていた。人類を悩ました歯痛やゆるんだ歯牙の抜歯などが歯抜き師、入れ歯師、 香具師、職人によって行われ、それらを含めた歯およびその周囲組織の疾病の治療をdentistryとしてdentistが行うようになった。
十九世紀、アメリカのMaryland大学医学部が創設されたとき、歯学はartでありscienceでないという論理で、医学部に含まれなかったため、Hayden, HarrisらによってBaltimore College of Dental Surgeryが創設され、医学と歯学の教育体制が別れ、その流れがヨーロッパやわが国にも及んだ。 わが国では、かつて歯科医療は口中科として一般医科にふくまれていたが、1874年医制が制定さ れ、また1890年には高山歯科医学院が創設され、 それ以後歯学は主として私立専門学校で教育されてきた。法的には、1906年医師法、歯科医師法の 制定によって、医科と歯科とは完全に分離されたのである。
第二次世界大戦敗戦後、学制改革により、歯学の教育は新制の歯科大学として、医科大学と同じように6年制となった。なお、戦前の国立大学医学部には、歯学部新設まで歯科口腔外科学講座があり、歯学部を創設しなかった医学部で、顎口腔科学分野、口腔病態学分野などとして、歯学・口腔医学の教育が行われている。東京大学医学部には口腔外科学があり、病院の顎口腔外科・歯科矯正歯科を担当している。
最近は歯科大学に、オーラルメディシン講座、口腔内科を開設している大学もあり、歯科大学での医学一般の教育が拡充され、さらに総合病院、医科歯科総合病院を開設している大学もある。ま た最近、口腔内科学会が設立された。
こうした立場に基づいた今日までの歯科医学、歯科医療の教育体制、学術体制、医療体制は独自に発展し、歯科としての「業」も強固なものとなったが、一方で医学の進歩に比して、歯学の進歩は、中距離レースに例えれば周回遅れになっているという批判もある。
歯およびその周囲組織を含めた口腔は、摂食、咀嚼、嚥下、消化、呼吸、構音、味覚など生命維持の基本的機能をもつ臓器であり、口腔領域の疾患は全身疾患(例えば糖尿病、動脈硬化、心筋梗塞、自己免疫疾患など)と関連し、また口腔機能は脳機能の活性化に関連している。発音も口腔・歯の重要な機能である。さらに、近年の超高齢化社会においては、歯科の患者の多くが高齢者で有病者 が多く、また、「口腔ケア」は誤嚥性肺炎の予防やQOLの向上、活力ある高齢者の社会参加に大いに貢献している。
「医歯一元論」の実現を
口腔医学の学問体系を確立した上で、歯科医学は今一度原点に立ち返り、図のように医療と歯科医療の一元化を実現し、口腔医学(口腔科)を医学の一専門分野とすることが妥当であると考える。 医歯一元論、二元論は、古くて新しい課題である。東京歯科大学創立120周年記念誌によると、わが国では、明治28(1895)年医科きっての論客、 日本医事週報主筆の川上厳華は医歯一元論の立場をとり、医学を修めた後歯科を専修するのが良いと主張した。これに対し、髙山歯科医学院に学び、 歯科医師の免許を取得した血脇守之助は、歯科は技術と理論を習得することが必要で、ドイツやフランスのように、医学を修了した後に歯科の技術を身につけるとなると 2、3年は余計にかかり、 歯科の志望者が減る。アメリカのように医学の概 要を学び深く習得することが良いと反論した。川上の理想論に対し、血脇は現実論を主張した。その後も何回か、一元論、二元論の議論はあったが、 今日でも両論についての評価はまちまちである。 そして現在まで二元論をもとに歯学教育は行われている。
平成元年8月、産経新聞の“花時計”に、遠藤周作は“なぜ歯学だけ別扱い?”というエッセイを書いている。「歯や口だって特別に独立したも のではなく、人体に属するのはちょうど合衆国の州がアメリカに属しているようなものだ」と、さらに「歯科医で人体の臓器や疾病と歯との関係を調べる研究をしていくだろうと思っている。」
「そうしてみると将来は歯科医も眼科医もおなじく正当な意味での医者であるべきだと考えるのだが」と述べている。
医学と歯学、一般医療と歯科医療とを分離することは、学問的にも医療の面からも、患者の立場 からも不自然で、医と歯の統合一体化をすることが必要である。宮崎大学迫田医学部長も医歯の一 元化が医学の教育に必要なことと述べている。 最近、茨城県科学技術振興財団が行った「分野 別横断イノベーション課題検討会」でも、歯周病が心筋梗塞や糖尿病に影響することなどから、医 科・歯科の統合の妥当性を述べている。 カナダDalhousie大学のCohen教授は、“Today’s dentistry will become tomorrow’s stomatology, a specialty of medicine”と述べており、アメリカではこの考えに賛成する人も多いと聞いている。
瀬戸皖一教授が「歯科医療は世界のどこの国でも医療とは別の業として区別されているが、その区分けは国によって異なり、しかもどの国でも曖昧で問題が生じやすい。困ったことは業として厳しく分けられて長年月経ているうちに学術的にも段々と疎遠になる傾向があり、一方では歯科という小さなフレームの中では切磋琢磨が行われにくいだけに、少しずつ進歩のスピートが遅れ気味となって、その結果、中距離レースにたとえるならば、いつの間にか歯科の研究レベルは、医科と比べて周回遅れになってしまったという現実に直面している」と分析されているのは、もっともな意見であり、重要な指摘である。 医学と歯学とを相対峙するものとして捉えることからは、両者の「知の統合」は成し遂げられない。医学と歯学の関係者が、それぞれが持つ文化と歴史の違いを止揚し、「口腔医学(口腔科)」は 医学の一専門分野であることを認め合うことに よって、初めて「医学」と「歯学」の「知」は統 合され、患者にとって最良の医療を提供できるようになる。
飯塚哲夫氏が述べている意見は大変貴重で妥当なものである。「歯科医師の歴史から学ぶことは、「歯科医師」と「デンティスト」とは同じでないということと、大多数の歯科医師はそれを理解していないことである。歯科医師がデンティストであるかぎりは、歯科医師の社会的評価は低いということである。デンティストという職業は、歯科疾患に罹患した歯を抜いて入れ歯を入れるという仕事から始まったもので、香具師や職人の仕事だったのである」。Dentistryはdental medicine、 そしてoral medicine、stomatology へ変革する必要がある。
歯学から口腔医学へ、そして口腔の健康から全身の健康を守る医療体制を目指すことが、国民の健康を維持向上させるには重要なことである。
口腔医学という学術語は慣用されている
口腔医学という学術語は既に慣用されている。国立大学の大学院は、専攻科名を口腔医学、口腔生命科学、口腔科学等としている。また、歯学部のない国立大学医学部では、従来の歯科口腔外科を顎口腔科学分野(群馬大学)、口腔病態学分野(岐阜大学)、口腔顎顔面外科学分野(三重大学)、口腔顎顔面病態外科学分野(鳥取大学)などとしている。また、口腔内科(北海道大学)、分子口腔医学講座(徳島大学)、オーラルメディシン講座(東京歯科大学)、総合口腔医学講座(日本大学・松戸歯学部)などの部門が開設されている。
国際的にも、アメリカでは、歯科系大学を School of Dentistryではな くSchool of Dental Medicineと呼称する大学がHarvard大学等14大学ある。学位は、Doctor of Dental Medicineである。多くの大学はOral Medeicine部門を設置している。また中国では、歯科系大学を口腔医学院 School of Stomatologyと呼んでいる。
まとめ
学校教育法、医師法、歯科医師法などの法改正、大学・医療関係諸団体のあり方の改変など、改正すべき課題は多いが、まず「口腔医学(口腔科)」 の学問体系を確立し、それを基盤として「医歯一 元化」を実現し、口腔医学(口腔科)を医学、医 療の一専門分野とすることは、「患者中心の医療」 の「知の統合」として意義深いものであり、その実現を計ることが緊急の課題である。
参考文献
1)田中健藏,本田武司,北村憲司:「医歯一元論」で「知の統合」を, 学術の動向2007. 9:82-85
2)田中健藏:口腔医学の学問体系の確立と医学・歯学 教育体制の再考,学士会会報No.875:62-67,2009.3
3)Tanaka K, Honda T, Kitamura K : Dentistry in Japan should become a specialty of medicine with dentists educated as oral physicians, Journal of Dental Education 2008.9, vol.72:1077-1083
4)Cohen Jr, MoM:Major long-term factors influencing dental education in the twenty- rst century, Journal of Dental Education 2002, 66(3): 360-373
5)Nash DA : The oral physician : Creating a new oral health professional for a new century,Education, 1995, 59(5): 587-5976)瀬戸晥一:医歯二言論から「知の統合」を目指す,学術の動向 2007.4:64-67
7)Ho mamn Axthelm W(本間邦則訳):歯科の歴史,クインテッ センス,東京,19858)飯塚哲夫:歯科医師とはなにか―歯科医師の歴史―,(株)ストマ, 上尾,2008
9)迫田隅男:日本口腔外科学会誌2009. 55(5)10)近代歯科医学教育を拓く。東京歯科大学創立120周年記念誌 36-37 2011. 8
11)北村憲司:口腔医学の学問体系の確立とその必要性 口腔の 病気と全身の病気(田中健藏・北村憲司・本田武司編)147-152. 2011(2),大道学館
12)田中健藏:医歯一元論か二元論か:口腔の病気と全身の病気(田 中健藏・北村憲司・本田武司編)153-157. 2011(2),大道学館
医療体制の改変(試案)
片山恒夫先生から学んだ医哲学
―口腔医・医療の目的と目標―
恒志会常務理事・歯科医師 沖 淳
はじめに
片山先生の医療者としての際立った特質は出 会った患者さんの抱える問題の本質を見抜き、ど うすれば患者さん自ら真の健康を取り戻すことが できるのか、その人が自立でき幸福につながるの かを見据えた医療であったように思います。
一人ひとりに自立して生きていく人間になってもらえるよう治療をとおして出会った患者さん丸ごと引き受ける「人間愛」あふれるほんものの臨床医でした。
教科書やマニュアルに頼るような治療中心の医療、その治療が済めば役割は終わりという医療者とは根本的に違っていました。数え切れない多くのことを学ばせて頂きました。
医療と哲学
4日間の片山セミナーは医療の本質を気づかせてもらうものでした。宣伝など一切なし、すでに受講した者の紹介が参加の条件であり、 さらに特徴的なことは何度も同じ人が参加していたことでした。
セミナーでは医療哲学をはじめ、生き方、考え方をわかりやすく講話してもらい、具体的には自らの臨床例を多数示しながら5年10年20年30年経 過した症例で何を考え、何を目標に、どんな治療をしたか、その結果がどうなったかを詳しく解説してもらいました。
15年間(先生が71歳から86歳まで)年2回30回にわたり行われた片山セミナーの最終回、参加者全員に贈っていただいた本が哲学者で 大阪大学医学部において我国最初の医学概論の講義を開講された澤瀉久敬(おもだかひさゆき)先生の「医の哲学」と「医の倫理」の2冊の本でした。先生が最後にみんなに伝えたかったことだと思っています
「医の哲学」の中で医学とは「医の学」でなければならぬとしたうえでその医は単に病気を治療する「学」ではなく病気を予防する「学」であること、 そして更に医学はそのように病気を治療し予防するという「病気に関する学」であるだけでなく「健康に関する学」でもなければならぬ、医学において「学」とはただ理論ではなく術であること、そして術とは医学においては単に技術ではなく仁術でもなければならないと書かれています。
“私たちは人間を診ていることを決して忘れてはいけない”というのが先生の医療哲学でした。 人間を対象とする医療者は口腔を見て身体全体を見ない、身体ばかり見てこころを見ない単なる技術者であってはならない。病人は身体的苦痛とともに精神的苦痛を持つ人間です。時には社会的問題も抱えておられることも肝に銘じるべきです。
歯科は歴史的には人工物を入れる修復、補綴が中心の医療でした。手先がとても器用で技工物はすべて自分の手作りで最善のものを患者さんに入れることを信条とされていたと同時に治療の結果が機能 回復はもちろんのこと健康回復、再発予防、さらに健康増進へとつながっていき、害がなく、すべてが長持ちをする治療を目標にされていました。
長持ち(再発予防)は言葉では簡単ですが実際には卓越した「総合力」が求められ、とても難かしことです
以下は片山先生の論文集「開業歯科医の想いI」 の帯に書かれている言葉です。
- 歯科医の生き甲斐は、患者の感謝と信頼のなかにある。
- 歯科医学の進歩は、まさに日進月歩と目まぐるしく、早い。われわれ専門職の責任から、新進の 学術を身につけなければと、まことに忙しい。
- どの職業の人も同様に忙しく、他の職域の進歩、 変革を理解している暇などない。
- そのような二人が、主治医と患者として出会っ たとき、両者の知識には当然大きな開きがあるの が当然だ。分かっていながら両者ともに十分信用 してかかる気は薄れている。とすると新進の治療 術式は、不理解、疑惑の目で迎えられればその効 果は十分に現れない。
- 治療中もその後も、依然、病因が残存すれば、 結果は当然悪い。不信は現実化し、固定する。
- 信用されようと好感を与えるのに腐心し、機械 設備を飾り、巧妙に説明したとて、かえって用心 される。その上、結果が不味ければ一層悪い。具 合よく長持ちしてこそ信用を生み、信用されての 治療は結果がよい。結果こそすべてを決める。
- 具合よく長持ちさせる鍵は、まず、病因としての 口腔不潔が改善されたか、どうかにかかっている。
臨床医は「哲学」と「科学」を併用しながら患者さんの健康回復、健康増進に直接かかわれる実 学の最前線で活躍できるやりがいのある仕事を担っています。
病因の除去
病気になった以上原因が必ずあるはずです。ですから病因の除去は治療の最も基本的ことです。原 因には主因、素因、誘因があることを加味し、あらゆる方面から原因除去療法を進めていくべきです。 そこで根本原因を見つけなければなりません。
現在のような生活は複合的な要因が絡み合って病気を発症しますから根本原因を見つけることは 容易ではありません。
口腔内疾患の主たるもの虫歯と歯周病は一般的には細菌感染による感染症であることは常識です。しかし先生はそれだけではないことを早い時期から主張されていました。生活由来疾患(生活習慣病)でもあるということです。 とくに重要視されたのが食生活でした。食生活の指導の難しさから教本としてプライス博士の書かれた「食生活と身体の退化」を 6 0 歳すぎてから翻訳自費出版をされました 。( 現在恒志会出版、農文協へ委託販売)。
歯周病治療には4本組のブラシを考案され独特 のブラッシング法(フィジオセラピー=自然良能 賦活療法)により抜歯しか選択肢がないような重度の歯周病の寛解、治癒を実現されました。
徹底的に病因の除去を患者さん自らが行うこと により、驚異的長期間、歯が保存できた症例をいく例も見せてもらい、それまでの抜歯の基準が明らかに違っていたことを学びました。歯を抜いていくほど楽な治療法はありません。
先生は卓越した観察眼、洞察力、技術力で驚くほどその人の病因を見抜き、長期保存を達成された方です。病気を治すために今までの生活を見直し、生活を改善していくことの大切さはわかっていても実行し続けることは患者さんにとって大変な努力と根気が要ります。そこを支援するための考え抜かれた戦法、患者さんともに治癒、改善にむかって治療を進めていくという「医患共同作戦」 がありました。
医患共同(協働)
歯科医師一人で頑張っても患者さんが治りたいという気持ちになっていただかなければ治療は成功しません。医患共同とは医師・患者がおなじ目標に向かって進む。支援する側、される側の役割分担はあるにしても共に同じ方向に向かって協働してひとつの目標を達成していくことだと私は理解しています。
言葉にこだわる先生が作り出された言葉が「医患共同作戦」です。患者さんが行動変容を起こすにはまず「気づき(自覚)」は絶対条件です。 そのために何気ない方法のように見えますがその裏には学問と経験に裏付けられた巧みな作戦がありました。先生が考案されたモニター付き位相 差顕微鏡、口腔内規格写真などを利用する視覚教 育から始まりモチベーションを高めていく手法。日常の何気ない会話を通じて自分の生活の問題点に気づいてもらう方法、資料、権威ある人の書いた本や、新聞記事などを使って徐々に患者さんに正しい知識を伝えていく方法等々。(開業歯科医の想い II-片山恒夫セミナースライド写真集参照)
日常の診療で日々患者さんへの観察眼「なぜこうなるのだろうか」「なぜ考えたとおりにならないのか」を熟考する習慣を身につけること、とくに歯周病においては記録写真が必須です。患者さん自身が行動した結果、歯肉にどのような変化が 起こったのかを記録写真を患者さんにも詳細に見てもらう。少しでも良い方向に変化していれば患者さんの治そうというモチベーションは驚くほど 高まります。
自らの気づきが行動変容のまず第一歩です。専門的な教育、指導も大切ですが私たちには“自分の言葉で話してもほとんどは信用してもらえていない、伝わっていない”と思えと教えられました。 信用・信頼されることがいかに難しいとかという ことでしょう。
それに気付かず患者さんに巧みな説明や説得で一方的に信頼関係ができていると誤解していることが多いと思わなければなりません。
医患共同作戦では患者さん一人ひとり必要なことが違ってきます 。
害が無く最も適切なことは何かを患者さんと共に見つけていくことが大切です。タテとヨコ、どこまで深く、どこまで広く診れるかの能力が歯科医師の力量ということになるのかもしれません。
予防・再発予防
医療者が目指す究極の目標の一つに予防、再発予防があります。予防医療を提供する側と受ける側とどちらが主体性を持つか、どこまでを受け持つかということが問題です。 私は専門家が主体性を持つべきだと考えていましたがその考えが全く間違っていました。自立がキーワードでした。同じ支援でも仕方によってその後、患者さんが自立できるどうか、結果が全く違ってくるのです。 予防するにはまずは第一段階として患者さんは正しい知識を学ぶ必要があります。
そこで専門家からの科学的根拠に基づいた知識の教示や行動に対する支援が必要になります。専門家の役割として教育、支援の手を差し伸べることが必要ですがこの行為はしばしば相手の主体性を奪ってしまうことになってしまいがちなのです。
医療など専門性が高まってくればくるほど専門家から支援を受ける側と支援を提供する側で立場の差が大きくなってしまいます。対等という関係が崩れると一方的に頼らざるを得ない関係になってしまうのです。
先生はそこを正してくださいました。専門家は一歩後ろに下がって、支援を患者さんに気付かれ ないように背中をそっと押してあげるようにすることが大切だということでした。
なぜなら患者さん自身に自分の努力で病気を克服したという自信を持ってもらい最終的には自立してもらうためです。自分の身体は自分で守るという心構えが大切だからです。
全面的に医師に頼って手に入れた健康では自分の努力で治ったという自覚がなく自信も持てません。問題が生じるとすぐに人や薬やものに頼るということになってしまいがちだということなのです。
先生からは予防、再発予防、健康増進、その人の自立まで支援することを目指さなければならないこと、それらは初めて出会ったときからはじめ治療中も予防の支援をしていくことを教えてもらいました。メンテナンスの考え方も同じです。口を通して得られた、「あきらめない」「やれば出来る」というようなすべての体験を「生き方・生きる力」に応用してほしいというのが先生の考えで した。予防中心の医療は多くの方が望んでおられるはずです。
これから歯科医師が関われる予防はまだまだあります。口腔の機能と形態との関連性から生じる諸問題の予防、顔の歪み、不正咬合、口呼吸、いびき、睡眠時無呼吸、姿勢などです。高齢者にとくに問題となる誤嚥性肺炎の予防、摂食・嚥下困難者にしないような予防、胃ろうや介護必要者にならないような予防も歯科医師の大切な使命になって来ると思います。
歯科医師はさらに生活習慣とくに食生活など全身の健康を見据えた医療、老若男女と広範囲の方々の健康にかかわれる医療者です。
歯科医から口腔医へ
口腔医をめざし、歯だけ見るな、高価な材料や科学だけに頼るな、人間全体を見よということを いろいろな場でお話しされていました。 20世紀は科学の急速な進歩により診断を科学に頼りすぎる時代になったともいえます。先生のお考えは医療はすべてを科学の力に頼ることはできない、自然の持っている力、こころ、癒しの力にも言及しておられました。最終目標は社会のありようでした。
科学優先の社会、倫理観のない経済優先の社会、 優しさが気薄になっている社会、治療格差も含めた格差社会も問題になっていくように思います。 20世紀に大きく進歩した科学により大きな恩恵を受けているのは事実ですが病気や病人は減らずわが国では生活習慣病、慢性病、こころの病気などは年々増加傾向にあります。
なぜでしょうか。今こそ医療の原点をもう一度考え直してみる時期なのかもしれません。 口腔医とは口をとして生涯にわたる心身の健康を受け持つ医療者なのです。 医療は一般企業のような利益を優先するビジネ スとは根本的に違うはずです。
先生は医療を商売に結び付けることを極端に嫌い、困った人、ひたむきに頑張っている人を助けるという強い信念を貫いた偉大な先達でした。
医療者として一人ひとりが「自分に何ができるのか」「何をしなければならないのか」答えを見つけていかなければならないことです。 もしその努力を怠れば社会に必要とされない歯医者となってしまう可能性があります。
むすび
歯科医は上司を持たないことがほとんどであるから若いうちから自分が一番ということになりが ちであるとよく口にされていました。裏を返せば 常に自分自身を見つめ直す謙虚さが大切だということを言いたかったのではないかと思います。
96歳で亡くなる直前まで自ら考え出した知恵と経験知を全て包み隠さず後進に伝える努力をされてきました。一人のひとと長期間係われる歯科こそ出会った人の生涯にわたる健康を担える科であ る、これからは介護の問題も社会の大問題になっていく、身体全体を見据えた口腔医の役割は大きいというのが最後の言葉でした。
これから後に続くものとしてやらなければならないことは山済みです。
乳幼児期から口腔機能を健全に育てること、自らの手で健全さを生涯維持できるようになること、高齢期になっても機能が落ちないよう、また 介護が必要ないような健康を目指すこと、歯科医師はこれらのことに係わりながら社会に貢献できるますます重要度が増す職業です。
ひとりの人との出会いで生き方を大きく変えることができました。 最後にいつも患者さんに出会うとき自分に言い聞かせていることばがあります。
そのときの出逢いが人生を根底から変えることがある "よき出逢いを”
相田みつお一元論と人間の一義性
展開できなかった戦後世代
東京医科歯科大歯学部昭和50年卒 橋口 邦夫
浜松医科大学口腔外科前教授・鹿児島大学医学部卒
東京医科歯科大歯学部昭和50年卒 橋本 賢二
チェルノブイリの事故後、原子力がメンテ中心で新しいことがなく、東大原子力学科が改組される、と東大・早野先生から聞かされた。このとき、歯科も同じだなって思い、友人(薬理)に話した。戦後学制改革で始まった医歯大の長尾優の医・工・歯路線が始まり80年代歯単独路線に転換しているようにみえたからだ。
大学昇格した初期はビタミンD・須田教授など人材もいたが、歯科ムラ化に危うさを感じた。75年頃、医歯大では細菌学に中谷教授の耐性菌、清水・堀川教授は誤嚥性肺炎にもなる常在菌の生態系の研究があり、ポリオや赤痢菌の時代は過ぎ、細菌学は不要だと言われていた。
7-80年代千葉大多田富雄門下の徳久先生からT細胞や多田ワールドの話を聞かされたが、90年代になると一気に崩壊の様相を呈してきた。確かに70年代、このまま歯科の体制も続く、とみえた。
だが衰退の兆しはあった。 むしろ、生材研の赤尾・青木教授の人工骨アパタイト、接着の増原教授、チタンの塙教授など工学と、 ビタミンDでは薬学の金子・山田教授と、成果があがっていた。医の上野隆司先生は臨床を離れ、早石 修、井上昌次郎教授と成果を上げ起業し米国で成功した。井上先生は生物学出身だが、このように創造は常に境や異端から生まれるものだ。
昨年、福島原発事故があって科学技術不信は広がった。
かつて大学は12世紀欧州でうまれたがグー テンベルグの活版印刷が有名なように、アカデミー・ 専門学校の役割が大きかった。
19世紀にベルリン大学が国民国家の人材育成と研究のために設立され、このフンボルト型大学が日本で1886年の帝国大学令に、1949年新制大学の南原繁につながった。
現在、19-20世紀国民国家と共に世界に広がった大学が、 逆に国民国家の崩壊で浮遊しだした。
19-20世紀第二次産業革命で設備と熟練工が求められ文部省は協調性教育をし、KY社会に、分業化は医療でもトヨタ式万能工から単能工(専門医)に、さらに国を中央集権管理をすればうまくいくといったカン違いすら、生れた。この産業資本主義のおこぼれに命の大切さで医療は授かり、治療による新たな病気すら作っていたが、70年代、ポスト資本主義を論じる欧州哲学に日本は遅れをとり、自ら変革できなくなった。
そもそも資本主義は人類と共に自分の身体を所有することで自意識をもつ私有に原点があり、人間 の脳は2分化・円環思考し社会が成立している。モノであってヒト、ヒトであってモノ、宇沢弘文先生 が医療・教育は社会資本というように資本主義も契約だけでなく医療のような信任と2つあり、医師法も2元思考をもった脳が創ったものにすぎない。だから、人間は境や異端という極値(想定外)をどれだけ考察できるか、できなければ社会が自壊する危険をはらんでいる。
中世、アリストテレスがイスラム世界にでて、キリスト教社会に逆流し、歴史を展開させたように、 口腔医学もそういう問題を提起している。ただ確かなことは、変革をもたらしたパスカル、アインシタインといった知の巨人は、田中健藏先生や恒志会の先生同様、ムラの外からやってきたということであ る。
文献
橋本賢二、橋口邦夫、口腔医学のために、医事新報、 2012
医療改革
恒志会理事
山田自然農園代表 NPO日本有機農業研究会理事 山田 勝巳
医学研究が進んでいるが病気の数も病人の数も減らず、医療費はどんどん嵩み続けている。むしろ、難治性の病気が増え続けている。私もその一 つである3人に一人がなるというガンになった。直腸がんで私はてっきり痔の炎症だろうとばかり思っていた。
しかし、生検やCATスキャンの結果ガンと判明し、医師はすぐ別に5種類の検査を 受けてくださいという。私は、何のためですかと 聞いたらすぐに手術が必要だという。自分はもともとガンの現代三種の神器は受けるつもりがな かったのでお断りして、定期検査だけをお願いして帰ってきた。
ガンは細胞が無制限に増殖する遺伝子異常といわれているが、60年近い撲滅研究の今もその本質は分っていない。
人類を苦しめている病気は多数増えているの に、その原因は環境汚染や食べ物、飲み物、電磁 波、放射能、ストレス、化学物質、根管治療とどんどん裾野は広がり、何がどう原因しているのか 分らない上にそれに対応する医薬品がまた副作用の多い石油化学物質で、治癒への迷路は複雑化するばかりに見える。
所で私はメキシコに避難しているGクリニック という所で2週間ほど療養して来た。その前に一日だけHクリニックというのにも行って来て、様子を見てきた。私が多少出血(にじむ程度)があるということを伝えた時、どちらのクリニックも場合によっては別の医療機関の世話になるかもしれないということを言われ、「えっ、あれだけ治せると豪語しているのに悪化した場合によっては手術を考えろというのか」とちょっと意外に思ったし疑念も生まれてしまった。
確かに、代替医療という世界では最近のがんの治癒率を明示していないし、厳密にフォローもしていないようだ。かといって通常医療のガン治癒率は生殖系とリンパ腫、白血病では多少良くなっているらしいがそれ以外ではほとんど1940年代と変わっていないという。行こうか行くまいか迷った結果、ものは試しという事で3週間の予定を2週間にして出発した。人間が本来持つ生命力を賦活して病原や異常を駆逐するいわゆる免疫力治癒という考え方が受け入れやすかったことがその根底にある。
しかし、ガンというのは、免疫細胞が異常と認識できないところに難しさがあるということが分かってきた。免疫については大御所がたくさんいるのに誰もガンを100%治せるという人はいない。
いろいろ調べてみると、ガンを80%近く治せるといって現実にそれを証明した人達はみな医師の労 働組合である医師会に封殺されているらしいという事が分ってきた。その一部がメキシコのティファナへ逃げ延びて今も創始者がいなくなった状態で、旧態然とした治療法に固執しているように見える。
その全く闇に葬られた人の中には、ロイヤル・ライフという人がいて独自の光学顕微鏡を 開発し30,000倍という高倍率を達成して、細胞を生きた状態でどのような挙動をするのか解明し、ライフはがん細胞が低周波の電磁波によって破壊するのを確認し、末期がんの16名中14名の被験者をそれぞれのガン特有の周波数で破壊して数週間で完全治癒させたとある。
もう一人同じように独自の光学顕微鏡を開発した人にフランス生まれのカナダ在住ガストン・ネサンがいる。彼は31,000 倍の顕微鏡によって赤血球細胞の中に更に生命の根源的存在としてソマチッドがあり、赤血球中のソマチッドは16段階(1-3は正常、4-16は病 的)のサイクルを巡りながら生成分解し様々な退行性疾患をおこしているという。ネイサンは樟脳から抽出した成分を714-Xと名づけてリンパ節に注射し1000件以上のガン(その多くが末期)を治癒し、100例近いAIDSも治癒したという。The Persecution and Trial of Gaston Naessens 日本語訳「完全なる治癒 ― ガストン・ネサンのソマチッド新生物学」Youtubeで本人が説明しているのが見られる。
しかし、どちらも医師会やガン協会によって顕微鏡も破壊され、ほとんど治験例も抹消されたとなっている。714-Xはカナダでは裁判と治癒者の支持によって認められたがアメリカでは禁止されている。 現在でもCERBE Distribution Inc.という所が販売している。
最近では、Dr.Chachouaという研究者がガンを免疫系が認識できないという事実とガンの自然治癒の研究の結果、がん細胞に免疫系が認識できるウィルスや細菌を感染させる方法を発見し、ガンの治癒を可能にしているという。これは、細菌性の致死性の病気(例えば結核)が減るのとガンの増加が時系列的に丁度逆の曲線をとっておりかつ総和が一定であることに注目したもので、ガンのマウスにそうした細菌性の病原を注入してガンも細菌性の病気も消えてしまう事で確認できたという。
がん細胞を結核などに感染させて調べた結果、特定のウィルスは特定のがん細胞との親和性があり、その表面に食らいついているために免疫系が認識できて攻撃できるという事が分ったという。これを利用して個々人特有のガンに対しその患者に害のない病原性のワクチンを作り投与する事で、がん細胞その他の免疫不全症を治すというものでかなり治癒率が高いということである。
それも他の栄養療法やビタミン療法等々といった現在代替医療で得られる結果よりもはるかに早く数週間から数ヶ月で完全に消えるとの事だ。但し、これはかなり複雑な工程を経るために随分と高価なものになるようである。彼もまた現在はメキシコのティファナで活動しているという。
これも彼の講演がYoutubeで見られますで、 Dr.Sam Chachouaで検索してみてください。
こうした事は、最近の波動医学とかエネルギー医学として、生命の本質はエネルギーであり現在恒志会で出版を検討している「全身歯科(The Wholebody Dentistry)」の基本スタンスでもある。
歯が全身の不具合に関与し、また逆に全身の異常が歯に何らかの影響を及ぼしていることを示しており、その測定にEAVという経絡上の皮膚抵抗を測定する事で、どの歯がどの臓器組織に影響しているのか、歯を治療する事で、または根管治療歯を対策する事で劇的に心臓病や関節炎などが緩快したり治癒する例が出てくる。
また、様々なもの(食品、化学物質、薬、サプリメント、液体等々)が自分に合っているか、問題やアレルギーを起こさないかも分る。身体部位の障害が歯から来ている場合は、それがどの歯が原因で障害を起こしているのかも分るという優れものなのだが、 これが使い慣れるまでに熟練を要する。
私はこうした非主流の発見や発明が徹底的弾圧を受けてほとんど陽の目を見ない世界に葬られる ということがとても悲しい。そして、石油や製薬業界の利益のために利用される医療が患者の苦しみを和らげたりなくしたりすることに無関心で、 対症療法を旨とする研究しか行われない事は人類の進歩の大きな足かせになっていると思う。
私たちが目指しているのは、協力社会であり競争社会=奪い合いの世界ではない。互いの得て不得手を認め合い補い合って支えあう。人の弱点を徹底的に責めて優位に立つ必要のない世界、敵意を持たずに愛と慈悲で支えあう世界。
それを可能にするのが私達の住む地球であり、太陽系だと思 う。無限・無窮に無料でエネルギーを与えてくれる太陽、家賃もとらずに住まわせてくれる地球、 誰でも無料で呼吸し続けられる大気。四季の恵みを与えてくれる自然。人の知恵や知識も特定の個人のものではなく共有の資産といえる。
誰が発明・ 発見したという事も重要ではなく、そういう事実がもう一つ分ったというだけの事で、個人賞賛のためであってはならないし、そういうものを目指して研究をすべきでもない。
神が私たちを生かす この地球もそのようにして成り立っている。一見 無意味で無駄のようなもの全てが共生するために欠かせない何らかの役割を担っている。それをまだ知らないだけなのだ。無駄だから全部排除するというような事は慎まなければならない。
私たちが持っているものはこの世にある間管理を任されたものであって、所有できるものではない。
私たちが肉体を去るときはその管理を他者に譲ってゆくのが自然で、死後も固執する必要などない。愛と慈悲、共生と協力、思いやりと支えあい。そういった中から新たな世界観、人生観が生まれてくるだろう事は確かといえる。
富を独り占めするために様々な搾取の仕組みづくりをするのではなく、共有し分かち合うために知恵を出し合うそんな世界が実現することを願っている。人間の富とは豊かな愛であり、物や金の集積ではない。それ を多くの人達に分かち合う。愛は無限だが物や金は有限でそれを目指せば奪い合いの素地ができる。それが新たな時代のパラダイムではないだろうか。
もっともっと皆さんのお役に立てるようになることを願いつつ。
歯医者復活戦最終章
NPO法人恒志会常務理事・歯科医師 緒方 守
昭和58年8月16日38回目の終戦の日の翌朝の朝日新 聞 に「 慢性病時代をどう考えるか 」 と題した社説が掲載された。片山セミナーの初期の頃であり、そ の32年後の今日までの実際の歩みを我々は見ることが出来る。
片山先生は日本の歯科こそ世界に先駆けろと檄を飛ばし、「これからは総合病院の院長は歯科医である君たちになってもらいます。」当時70歳を超えた先 生の臨床経験から出た言葉である。若き我々はその言葉に酔った。
総合病院院長にふさわしい理由こそ、この朝日新聞の社説にあった。内容は、当時の有病率は過去最高 、 感染症や寄生虫症は減り、 高血圧や循環器や糖尿病のような内分泌・栄養及び代謝疾患並びに免疫障害に属する疾患が増えていること。
また、高齢化によって高齢層の病人の増え方が昭和30年から比して65歳以上では比率も3倍の速さで増している。 成人病、慢性病へという構造変化は病気の受け止め方、医療に対する考え方に変革を求めている。老 化と密接な関係のある成人病、慢性病となるとその根絶を目指して社会生活から離れるよりも完治を目指さず、病気と共存して人生目標と社会に期待された役割を果たせるなら、体中の病気を一切排除するという1 0 0 % の 健康という蜃気楼を追い続けるより 、はるかに賢明だ 。
臓器ごとの異常を見るのでなく、人間まるごととらえ、人生の最終段階まで人間らしく生きるのを手伝う医師が増えて欲しい。勿論、医学研究は続けてもらいたいが、同時に医師たちは医療の第一線で高齢化と慢性病の時代に合った手法を考え出してほしい。
以上が32年前の朝日の社説の言わんとしていることであった。
その後の日本医療の歩みはどうなったのか? 成人病と慢性病は「生活習慣病」の名称でくくられ、65 歳以上の高齢化社会は、確実にやって来る75歳以上の超高齢化社会2025年問題として如何に医療費を抑えるかで政界も医療界も教育界もやっきである。
一方、医科の各科はより細かく専門化され、その結果は各専門分野がそれぞれに投薬するため、世界に比して異常な投薬医療を具現化している。タミフルは全世界の30%が日本で消費。今や20種類近くの薬を処方されている人が歯科に来院するのも珍しくなくなっている。
そこで薬漬けの医療費削減のためにもドクターGが日本では必須となっている。日本には専門医だらけだが、総合家庭医としての専門教育を受けた医師は230名しか居らず、政府と教育機関も2025年問題へ向けて本腰を入れ、総合医育成のカリキュラムを発表した 。 今の大学 2 年生から卒前教育を始めないと10年後の超高齢化人口に応出来る医師は足らなくなるというのである。
更に驚くのは、その教育過程に歯科の教育がまったく入っていないことである。ケミカル医療は2次予防である。細菌やウィルスを追っかけて新薬を開発しても日本の医療費は減らない。
未病の健康長寿社会には、運動療法などのフィジカルな1次予防医療の啓発しかない。口腔ケアで言えばプラークコントロールではなく、フィジ オセラピーでないと超高齢化社会を健康に持って行けない。1次予防こそこれからの医療に要求される。
我々は片山療法を知り、グラグラの抜歯適応症の8番を残そうとすることで他の歯がしっかりすることを体験し、原因のはっきりしない 疾患や末期ガンに日頃からの唾液による長時間磨きが主治医が驚くほど功を奏すことを体験した。ならば日本の異常な薬漬け医療をなくしていく一番適した科はどこか?
月に京都で開催された医学会総会でも、6月に開催されたプライマリ・ケア学会の総会で も、歯科医の役割がまったく無視されていた。しかし、プライマリ・ケアの丸山会長と大久保歯科医師会会長の談話が最新のプライマリ・ケア連合会の機関誌に掲載されたが、敗者となった日本の歯医者が敗者復活戦に登場する時代は超高齢化社会の到来と共に目の前にある。
歯科から健康を考える
NPO法人恒志会 理事・歯科医師 松田 豊
第9回創健フォーラムでは、片山恒夫先生が掲げてきた「 歯科医 療の目標は健康である 」とすることが、いったい現代社会の中でどのように具現化されているのか、またそのために必要なものは何かを改めて問いなおす内容になっています。片山先生は、歯科医の立場で、WHOの健康の定義、すなわち「健康とは、完全な肉体的、精神的ならびに社会的に良好な状態であって、単に病や弱さの存在しないことではない」を論理分析し、本来あるべき歯科医療の目的は何であるかを模索し続けました。たとえば、「患者と共に、医・患共同で努力すれば、再発のない回復の状況を保ち得ることができる、突き詰めれば、生活の中から病因・病根の悪習慣を完全に取り除いていくことが可能ならば、患者と医師の共同の努力の結果として真の医療が実現できる」と考え、それを実践しました。
また、歯科医が取り扱う、う蝕という疾患は進行してしまえば自然治癒することが望めず、歯周疾患にしても、細菌感染症とはい え従来の医師主導型では対処できず、どちらの疾患も、その発症・進行は、患者の食生活をはじめとする長年の「暮らしのあり方」 によって大きく左右される生活由来性疾患(生活習慣病)であると喝破しました。
ところが、従来の歯科医療の目標は、歯冠修復、欠損補 綴による咀嚼機能回復に重点が置かれており、これらの処置は、「一次的に患者の悩みを取り除くことこそすれ、病気の原因が温存されているために再燃、再発を繰り返し、次々に歯牙は抜歯され、その たびに補綴物を作り変え、総義歯への坂道を転げ落ちていく。現実に歯科処置そのものが患者の抵抗力を弱めていることさえある 」 と憂いておりました。
また、「修復・補綴物装着は、永続的包帯であり、そして歯牙の機能を代行する保護的補綴物であり、損耗し老化する生体に適応して自らも損耗を続ける代用 ( 人工 ) 臓器であるがゆえ、それらの装着は治療の完成ではなく、全身の健康保全の準備の終わりでしかない」と言い切っています。
他方、「歯科医療は食生活のあり方が直接的に関わっており、食生活の改善こそが再発防止の根源的決め手であり、また初発防止対策の重要な柱であるにもかかわらず、従来の医療のあり方がこの点に無頓着であったという反省に基づき、食生活改善の指導が強く望まれる」としています。
病気を根本的に治そうとすれば、その病気の原因を取り除かなければなりません。すなわち、生活由来性疾患を治すには、患者の生活そのものを再検討し、改めるべき悪習慣は改善しなければならないのです。
あるべき歯科医療は、「間違った生活習慣を改善し、健全化し、永続的に病因を排除する医療でなければならない」と結論付けています。
しかし、気づき、意識改革、行動変容、そして生活改善に至るステップは患者自身が主体的に取り組んで初めて成り立つことで、歯科医が指示、指 導、強要してもただ反発を買うだけで改善には繋がらず、その意味で、歯科医師主導のみでは歯科疾患を治すこと はできないが、罹ってしまった病気を治すのは非常に難しいということが解ってくれば、 医療の目標の重心は、自ずと病気の予 防へ 、健康の維持・増進へと移行して行きます。そして「 歯科医療は口腔の健康を維持・増進することにより、全身的健康の維持・増進に大きく貢献できる。 それゆえに歯科医療の真の目標は全身的健康におくべきである」と片山先生は考えました。
世界の死因頻度は、虚血性心疾患、脳卒中、 COPDになっていますが、日本の場合は、悪性新 生物、心疾患、脳血管疾患になっています。そしてこれらの多くは、主に生活習慣が要因となって発生するものであり、食事のとりかたや水分のとりかた、 喫煙/非喫煙の習慣、運動をする/しないの習慣、 飲酒の習慣、ストレス等々であって、異なる国の人々でも、先進国同士で同じ文化圏であったりする等で生活習慣全般が類似している場合は、生じる生活習慣病の一覧やその割合・頻度が類似する傾向があると言われています。
しかし偏った生活習慣や食生活が直接病気を引き起こすというよりは、そのような習慣が成人病や生活由来性疾患を引き起こす条件を醸成していると考えるべきであると思われます。
歯や歯周組織の炎症が、全身に多くの影響を与えることは周知のことで、さらに昨今の研究で、全身疾患と口腔疾患は相互に影響しあっていることが明らかになってきています。
さらに、口腔機能の衰弱は、高齢者におけるフレイル、サルコペニアによるロコモティブシンドロー ムを引き起こす契機になるとさえ言われ始めています。
口腔およびその周辺組織は互いに連携しあって作用し、生きるためだけでなく社会的にも人を人として存続せしめる機能を果たしています。
以上のことから、歯科がう蝕や歯周病にのみ目を向けていたのでは、人の健康を維持・増進させることは不可能です。このことは、恒志会が「口腔医学」 の創設を提唱している根拠にもなっています。
そして、歯だけを診る歯医者ではなく、患者を丸ごと対象にした歯科医師になれとも言い続けてきました、それはつまり、歯科医学から口腔医学へのパラダイムシフトを意味し、あるべき歯科医学・歯科医療の未来を示唆していたと思われます。
今回のフォーラムにおいては、幼児から高齢者まで老若男女すべてに関わっている私たち歯科医は、人々とどのような関わり合いを持つべきなのか、人々の健康に貢献する歯科医学・歯科教育および歯科医療はどうあるべきなのかを、皆様とともに考えていきたいと思います。
『我が一元論』(その一)
NPO法人恒志会 常務理事・歯科医師 緒方 守
切っ掛け
一元論を機関誌に書いてくれと言われたのは平成31年のはじめと思うが、沖先生からの依頼であった。思うにその頃、当「恒志会」の機関誌にも登場したことのある橋口邦夫先生がメール上で、盛んに歯科大の教育カリキュラムの中で脳カリキュラムを取り入れるべきと主張し、福岡歯科大の田中健藏先生亡き後、「一元論」を世の中に振起し、それを小冊子にして発表し、歯学部の教育をまず脳から始めるべしと大学人や知人に呼び掛け、業界にも出版応募に精を出していた時期であった。
そこで盛んに顔の広い沖先生にも力を貸して欲しいとメール上で呼び掛けていた。恒志会機関誌に掲載も呼び掛けていたので、その前に私に一元論を書かないかと沖先生からの呼び掛けがあった。で、書こうとした矢先に土居先生から恒志会を解散することにしたらどうかとの提案があり、それどころではなくなったという経緯がある。
令和に改元した直後の5月26日に開催されたNPO法人恒志会総会の日にその提案はなされた。だから、1年以上を経て、書き始めているが、その間あれこれと一元論について考えてはいた。
第二次健康日本21(平成24年7月)の指針は歯科大学の思惑を超えている
その彼の悲願は今も続いているが、私自身はその小冊子の原稿は見てないが世の中の風潮は、歯科が医科に吸収されるか、歯科が医科の分野にだれ込んでいくのかは別として、厚労省の「健康日本21」の指針9つの中の6番目に「歯の健康」があげられていることからも解かるように、確実に一元の方向に向かっていることは理解できる。
ただ、大学の教育がその動きに対応出来るかどうかだ。7、8、9番目の医科の担当分野の先に歯科が挙げられていることの意味は、大学人よりもまた大衆よりも先に、この国を動かそうとしている官僚をはじめとする政治勢力の中に歯科を理解する者が存在している証拠でもある。
「一元論」の雄、田中健藏先生の動き
田中健藏先生が、現行の単位制の法規制の中でいかにして歯学部教育のカリキュラムを一元化の方向へもっていくかに苦労されていたことを知っている。晩年は歯科を外して学校名まで変えようとされていたが、文科省は既存の大学人の考慮もせねばならず、簡単には許可は下せず、歯科界考えを聞いてくれということになった。果たして、歯科界はどのような動きをしたかと云えば、日本口腔外科学会の機関誌を見れば、当学会は学校名を検討する機関ではないとの回答を寄越すにとどめ、この田中健藏先生の問題提起に真っ向から取り組もうとはしなかったことでも解かる。
平成28年(2016年)10月に田中健藏先生の率いる福岡歯科大学の企画の下に第23回日本歯科医学会総会が開催されたが、その4年前の平成24年に恒志会創健フォーラムの5回目を記念して沖先生が企画して、田中健藏先生に講演していただいた。
しかし、田中先生ご自身は歯科医学会総会前年の平成27年(2015年)の紀元節当日に逝去された。総会に向けて情熱と全精力を傾けていたことを知っている親族の方は、亡くなった本人が一番驚いているだろうと語っていたぐらい、本人も周りも晴天の霹靂だった。総会は4年に1度開催されることが慣わしだったが、そのお鉢が福岡歯科大にどうだと打診して来たのが、我々の第5回創健フォーラムの直前だった。
控室で田中先生は何故九州で初めての総会が公立の九州大学や九州歯科大でなく、それら伝統校を出し抜いて新興の私立福岡歯科大に回って来たのかなと発言されていたが、この総会開催には体裁をととのえるためには莫大な費用が掛かる。それを担当校は工面せねばならず、福岡歯科大を潰してしまえという勢力と九州大学という元帝國大の総長に花を持たせるというよりも「健康日本21第2次計画」が出された年でもあるので、田中先生ならやってくれるだろうという勢力の思惑が働いていたと想像出来るが、やはりターゲットにされたのは、日ごろからの田中健藏先生の「一元論」の本気度だろうと思う。
当番校を誰がどこで決めるのかさっぱり分らないが、福岡(歯科)学園の理事長が田中健藏先生で無かったら、当番校に福岡歯科大が選ばれることは無かっただろうとは容易に想像できる。
日本の公立大歯学部及び私立歯科大の思惑
日本歯科医学会の会長は住友雅人先生だが、出身校は日本歯科大である。中原市五郎先生から始まる中原一族が運営してきた学校であるが、その創始者の高邁な精神と理想に燃えて、私財を投げ打ってきた歴史から考えると、歯科に対する誇りと伝統を保持せねばとの自負は並大抵のものではないだろうと容易に想像できる。
沖先生はその学校の出身者で、茨城県に来た日本歯科大関係者の講師の方に沖先生の名前を出したら知らない人が居ないほどだったから、やはり、沖先生という人は日本歯科大にとって貴重な人だったのだろう。
その沖先生が言うには、中原泉先生は一元論に対し警戒していて、容易に田中先生の主張には同調しないだろうとのことだった。たしかに、医科歯科一元論は歯科単科大学は不要との論に発展しかねない。
フォーラムの控室で当番校を引き受けてみようと思うと付き添いの方にも意思表明された田中先生だったが、一番の懸念は資金集めだが、その時点で億単位の資金を都合つけるという自信があったのではと思う。というのは、田中先生の葬儀当日に、土居理事長と沖先生と3人で福岡に飛んだがその葬儀の献花の多さは半端でなく、福岡一の大きな葬儀場の外までぐるりと飾られていたことから解かった。
その人脈は歯科界など問題にならない多種多様な業界からのものだったし、土居先生が乗ったタクシーの運転手が、「今日はなにごとがあったのですか?こんなの初めて見た。」と語っていたと言うから、よほど色んな方々に恩義を感じさせていた一生だったのだろう。
国会の忙しい中、麻生太郎副総理兼財務大臣も、一番最初に弔辞を述べて、すぐ国会へ戻ったが、消費税導入の際の知事選挙で麻生が担ぎ出した田中健藏先生が落選された時、一片の不平も愚痴も言わず、その責は自分にあるとされた人柄に感化されたとの思いを述べていた。
沖先共々、我々恒志会が初めて田中先生とお会いした時、「何故か、麻生大臣が僕の言うことをよく聞くので、僕を利用して政治を動かしてもよい」とおっしゃっていたが、その何故かの理由が分かった。
「日本会議」の福岡で活動していた者も、今日九州の「日本会議」があるのは、田中先生のお陰だと断言していたので、その人柄はやはり勲一等だったのであろう。温和で柔和なもの静かな口調でアジテーター的な要素を一片たりとも見せなかったが、医科歯科統合の口腔医学のその奥にもう一つの更なる目標があった大正末期生まれの日本人であった。今、生きていたら97歳である。
その翌年の歯科医学会総会の当日は、どのように田中先生の遺志が継がれていくのか、福岡歯科大の今後と共に興味あった。福岡学園(田中先生は大学の名称変更は出来なかったが、学校法人の名は福岡歯科学園から歯科を除いて福岡学園に改称)の理事長は九大の病院長を経て、九大の副理事長に就任していた水田祥代先生が就いた。これには驚いたが、同大学の同窓生に聞くと、自分の後任を水田先生と決めたのは田中先生ご自身だったとのことである。
九州大の医学部出身者が、一元論としての「口腔医学」を本気で理解して、田中先生の情熱を継承していけるだろうかと疑問に感じていたが、歯医者の方が一元だの二元だのと言っているだけで、医者にとってみれば、人間の病気を治すのは、一元に決まっているが、ただ我々は歯科医学の教育をせいぜい6年間で1~2週間しか習ってないので、削ったり、抜いたりして修復する技術屋の歯科医は、こちらの要求にものつくりとして存在してくれたらいいよという程度だと思う。
SAT(つくばサイエンス・アカデミー)の交流会の講演の中で東大の医学部のカリキュラムを作成する医学部出身の副学長に何故歯学部を東大に作らないのか尋ねたら、「えっ、歯科ですか?」と、本当にキョトンとしていた。歯科がどの程度全身に大切か考えたこともないと言った表情だった。
国民が歯科医を見る目は、当時日本医師会に君臨していた武見太郎が「歯の110番」の時代に、金属を変えるだけで、歯科治療費が何十倍も高くなるのはおかしいと発言していたが、その通りだと国民の誰もが思うだろう。で、歯科医は保険の評価が低すぎるから、その技術評価を補うために保険のきかない貴金属で保険評価から切り離し、そこで適正な評価を下しているのだと言い訳をしてきたが、こう税金で賄う総医療費と虫歯の数と歯科医の数のバランスが変化してくると、そんな手法がいつまでも通用するとはとても考えにくい。今も「歯の110番」時代のメタルボンドがインプラントに変わっただけで、国民の歯科医を見る目は大して変わっていないと思う。
田中先生亡き後は、福岡歯科大は「一元論」の言挙げのトーンを下げ、「口腔医学」の文字がキャッチフレーズとして前面に出る筈の歯科医学会総会では、次第にその旗を降ろしてしまった。
福岡歯科大の先生方の名刺には「口腔医学」の文字は残っていても熱心にそれを語る人を知らない。総会当日、田中先生の下で総会の企画を準備してきた北村憲司前学長にお会いしたので、「口腔医学」の旗を次第に降ろしてしまったのは何故かお聞きした。先生もその認識は持っておられ、その代わりに発表されるテーマは「口腔医学」に関するものを、優先的に意識的にとり上げてきたと答えられた。
プログラムを見て、成る程なと思えた。恐らく圧力が掛かり、名は捨てても実質的なものはこっちで戴いてしまえという戦術を用いたのだろう。歯科は二元で行けという中原御大の意向が日本歯科医学会の方針であるということが垣間見える。
一方公立の動きはと言うと、国立大の東京医科歯科大の元を創設したのは東大の医科から飛び出た島峰徹先生だが、島峰先生は終戦の直前の昭和20年2月に他界されている。その東大を飛び出して作った専門学校を継承したのが、やはり東大から飛び出した長尾優先生である。
長尾先生は、この専門学校が戦後大学に昇格した時の初代学長に就任している。長尾優先生は留学先のアメリカの補綴学を取り入れ、日本の二元論哲学の生みの親ともいうべき歯科教育を実践された。ただアメリカと日本の医学では歴史が違い過ぎる。西洋の近代医学ではもともと医者は一元なので、医者の教育を受けた者が歯医者になるのは当たり前のことで、歯医者は医科と歯科のダブル教育を受けていなければならない。医科歯科大の教授に就任するものはダブルライセンスを持った者がなるということが当初の医科歯科大の常識であった。
中国から医科歯科大に留学してきた歯科医に尋ねたら、中国も西洋の医学教育を取り入れ、最初は医学生として教育を受け、専門に別れる最後の2年間で医学部のトップ50人が歯科に進学しているとの答えだった。こんな教育を受けた中からは、先の東大医学部のカリキュラムを作成する医学部出身の副学長など出てこないであろう。
筑波大の歯科口腔外科に在籍した歯科医が国費で西洋に留学しているが、あちらでは口腔外科医は当然ダブルライセンスを持っているので、日本人も同じだろうと考えて扱われるので戸惑うと報告発表していたが、それも頷ける。それほど、我が国の近代医学教育は先進国の制度から見れば歪んでいる。
島峰徹先生のことを医科歯科大の同窓会雑誌に連載投稿されていた大先輩に群馬県の村上徹先生がいたので、田中先生が我々のフォーラムで講演されることになったので、面識は無かったが、案内を出してみた。すると田中先生の一元論はよく存じていたので、一度お目にかかりたいと思っていたからと参加されてきた。
その大先輩が日本の歯科医学教育の間違いの、その諸悪の根源は長尾優だとはっきり言われるので驚いたが、それは補綴を歯科の本髄だと発想し、医科に出来ない補綴を強調し、日本の歯科医学教育を補綴など物つくりの中心にし、二元教育を不動のものにしたことを言わんとしているのではないかなと愚推しているが、何故長尾優先生が諸悪の根源だと言い切るのかを村上先生の論文では私は不勉強で知らない。ちなみに村上先生は片山先生のことをまったく存じてなかった。
二元は三元の時代になり、臨床現場は多職種連携となった
田中先生の一元論としての口腔医学の理念は福岡歯科大では、付属病院や付属学校に残されているが、「一元論」という言葉は死語に等しくなり、今は一元論の代わりに出て来た「医科歯科連携」の用語は歯科界だけの用語になり、この数年は医療を取り巻く業界は「多職種連携」という標語に置き換わってきている。
一元は医科と歯科の二元の統一を意味していたが、薬学部が臨床に携わる薬剤師の教育に6年制を導入することとなり、今や医科教育は医科歯科薬学の三元の時代に突入している。
三元教育をどうコントロールしていくかが薬剤師を含めて臨床医をどう育てていくかの文科省の課題となるだろうし、それよりも増して今や医療の現場はコロナ騒動が持ち上がり、世界中を挙げててんやわんやとなっている現状では、医療体制と医学教育をどう導くべきか、その根本となる哲学をどう確立して行くかの方が最大の課題になることは間違いないように思える。
もう、従来の一元論では既成勢力の思惑が強く、それをクリアするには時間が無いし、その努力は時間の無駄だと思うに至った。
その哲学を究めるには大学のカリキュラムなどに関わって行くよりも、開業医は開業医としての道を極めて行く方が手っ取り早い様に思える。恐らく、医学教育は教育現場から変わるのでなく、臨床の現場から変わる時代に突入したものと考えた方が得策である。言い換えれば、歯科医学教育は開業歯科医から変わって行くということであり、その哲学は開業歯科医から生まれるのではないかということを意味している。学問が臨床をリードするのでなく、こう情報が手に入れやすい時代になると、現場の臨床が学問をリードする時代に突入してきたのではないか?
もう、米国からの輸入医学でなく、臨床現場からの翻訳で無い現実の医療が世の中を救済する時代に変わっているのだと思う。特に歯科臨床には日本を救う可能性の哲学を有していると思える。
その答えは既に片山という人物が出している。
「原因除去」と「長持ち」という片山二大用語の落とし穴を思考することから、それは始まる。
令和2年8月15日記
『我が一元論』(その二)
前号Vol.15は令和2年8月15日の時点での原稿提出だったが、その後新型コロナの影響は収まるどころか、世界中の感染者は益々増加し、1年延期された東京オリンピック2020の開催まで尾を引き、無観客という前代未聞の事態に至ってしまった。何故このような事態を導いてしまったのか?と考察すると、まさにこの「我が一元論」のテーマに相応しい時代になって来たなと思える
片山二大用語のひとつ「原因除去」と新型コロナ騒動
この「原因除去」と云う言葉は片山セミナーの出席者なら耳にタコが出来るくらい片山先生から聞かされた。原因を残したままだと、疾病は必ず再燃再発を繰り返すだけだと教わった。じつに新鮮な言葉として我々歯科医には伝わった。どんなに高価な最終補綴物を入れたところで2次カリエスを起こすし、歯肉切除等を施して歯周ポケットを浅くしたところで、原因が解決しなければまた病いはぶり返す。当たり前のことだけど術者だけでなく患者自身が原因除去に目覚めなければ再発すると言われて、確かに納得出来た。我々NPO法人理事長である土居元良先生と話すと必ずこの「原因除去」の言葉が出て来る。で、コロナ対策はホスト=体とパラサイト=外敵のバランスが崩れて外敵が勝ると感染して発症するから、重要なのはホスト側の状態だと断じている。
ホストを優位にするには呼吸を鼻呼吸にすること、また意識的に腹式呼吸を実行して息を吐くのに30秒近く掛けてみろと言う。またウィルスの主な侵入経路の上咽頭に付着したウィルス等を洗い流すために鼻うがいを海水くらいの塩分濃度にし、体温くらいのお湯で実行しろと言う。
それに歯磨剤無しのブラッシングを唾液を飲み込みながら実行すること。何十回も噛んで唾液を大量に出し、食べ物と一緒に胃の中に入れること。あとは音読を薦め、階段は歩けという。
さすればホストたる身体の免疫力が高まり、副交感神経が優位になりウィルスに対する抵抗力が増して来る。すなわち、これらは日常の生活習慣のホスト強化の心がけを意味している。
体を鍛えている相撲取りが何故コロナに感染して死去に至るまでになるのかは、理事である福岡雅先生が、稽古で息が上がって口で呼吸をせざるを得なくなり、鼻の繊毛運動や毛細血管の密集した鼻の異物防御機能を使わずして、肺に直接吸い込む呼吸法が相撲取りの命取りになっていると指摘している。相撲取りに限らず他分野のアスリート達も息が上がる激しい運動をすれば、口経由の呼吸をせざるを得ないのでウィルス感染を防げないということも理解できる。
コロナ騒動の初期と現在
さて、コロナ騒動を振り返ってみよう。令和になって初めての天皇誕生日での皇居参賀が中止になり、翌日2月24日に恒志会理事会が開催され、創健フォーラム開催を沖先生が動けなくなった今、どうするかが話し合われた。
で昨秋には藤巻先生が企画して開催しようとのことになっていたが、まさか翌月から首都圏の外出自粛から始まり4月には全国に第1次の緊急事態宣言が出され、世界のパンデミック騒動を今回は我が国ももろに受けることになった。
12年前の新型インフルエンザ・パンデミックの時は我が国は心配されたほど流行することなく収まったが今回はそれがためにワクチン対策が遅れ、今年になってから感染症対策専門家会議から有識者会議感染症対策分科会と名前は変えたものの、その対策としては、三密を避けるということに徹していた。お笑いの第一人者の志村けんが亡くなってからは、若者の間でも危機感が溢れ、外出自粛が一気に全国に波及し、最初からずっとTVに出ずっぱりの尾身茂現分科会会長の発言は一貫して新型コロナから逃げ回るのが一番だということ、それが最善の対策だと今も言い続けている。
オリンピックをどうしても開催するとの方針で専門家の意見を利用して対策を立ててきた政府中枢とウィルスより逃げるが勝ちと尾身氏では若干ニュアンスにズレが見られて来たが、今も変わらないのはパンデミックの原因は新型・変異型コロナウィルスであり、兎に角感染陽性者から広まるので彼らを早く見つけて隔離せよとの態度は変わらない。まだ未病の段階である陽性感染者をあぶり出そうというのである。
兎に角、出来もしない行為、ウィルスを徹底的に排除するしかないとの考えが根底にあるが、これが新型コロナ騒動の我が国の「原因除去」の対策と言える。ワクチンで獲得免疫を持たせるとの対策は考えても自然免疫を持つにはどうすればよいかは考えもしないし、変異株ウィルスに対するワクチン効果をどう判断するかは不透明のままである。
一方、最近では日本では考えられない政策を打ち出して来たのがイギリスのボリス・ジョンソン政権である。兎に角マスクもイベントも外出自粛も飲食店出入りもすべての規制を外すというのである。感染するしないは手前で責任を持てというのである。死亡数の遥かに少ない日本で、オリンピックを無観客で開催しようとしているのと比べると同じ人間の行為とはとても思えない。実際多くの専門家である海外の医師たちも無謀だとの懸念を表明している。
イギリス政府は若者たちにもワクチン接種が進んだので規制を解除してもたいして重症化しないだろうとの憶測で政策転換したのだが、日本の若者たちも、コロナ騒動が1年半近くも経過すればまったくコロナウィルスを舐めきっており、外出自粛など特に首都圏の若者は無視し、飲食店が駄目なら外で飲んじゃえという者が増えて来た。
去年のゴールデンウイークでは96歳になった母親の様子を見るために毎月郷里に帰省しているが、高速道路はガラガラ、岡山県知事など岡山県のSAに入る車は全員PCR検査を実施すると息巻いていたが、実際行ってみると、SAの店は閉店、駐車場に止まっている乗用車は3台、後は大型トラックが停まっているだけである。帰路など連休の時は片道1300㎞を、混雑時は30時間かかってうんざりしていたが、去年は大分~つくば間を16時間で戻って来るなど、最短時間を記録した。飛行機は今もガラガラで、検温して搭乗させるし、機内は空気を頻繁に入れ替えてくれるしで、安全この上ない。
しかし、首都圏の車の量はコロナ以前に戻って来たし外出を控えているようにはとても思えない。感染者数はどんどん増えているにも拘わらずである。
「原因除去」という落とし穴
片山セミナーでの、歯周病やう蝕の原因菌は病気を起こす原因とは片山先生は捉えていなかった。これらの細菌はコレラやチフス菌と違い、口腔常在細菌であるから病気の原因とは言えないと強調し、それらの菌が健康を損なうほど増殖するのは、文明がもたらす安楽と横着さに起因していると喝破している。だから、生活様式を改善しない限り、原因を除去したとは言えず、大学の学者達が追及していた原因とされる細菌群をそんなに重要視も敵視もしていなかった。
歯周ポケットに潜む嫌気性菌の増殖に気を付けろとは言っていたが、歯肉を外科的に剥がしてポケット内の細菌を徹底的に除去しろとは言わず、むしろ開いて可視化の下で除石するよりも、開かずに歯肉を鍛錬するブラッシングとよく噛んで歯根膜にバランスよく刺激を与える方が歯は長持ちするではないかと自分の症例を発表し、我々に大学で習った常識を覆させた。
確かに、根尖僅かしか骨の無い歯も抜かずに保存し、その後何十年も機能させている。その実績を更に超えて外科を避けて歯を残しているのが、理事の藤巻五朗先生であるから、片山恒夫の言ったことは嘘では無いと証明されたことになる。
歯周病がオリンピック種目なら藤巻先生は歯を残す金メダリストと言える。
「歯周病やう蝕の原因除去は原因菌除去を言うのではない。」
となるがウィルスはどうだろうか?新型コロナ発病の原因は細菌より遥かに小さなウィルスであるから、最初はN95のマスクでもつけないと感染は防げないと言われたし、新型コロナ感染は空気感染なので、そこから離れるしかなく、ウィルス陽性者は人と接しないようにしなければならないということになっていた。
でも普通のインフルエンザよりも感染力は小さいからそんなに恐れなくてもよいとの情報もあったが、こう陽性者が増えて世界中の死亡者が増えて来ると本当にパンデミック状態である。人間の食べ物として育てられたブロイラーが鳥インフルエンザに感染しようものなら、他のブロイラーに感染を拡大させないため、その所属群の家畜を何万羽と殺してしまう。人間は殺す訳にはいかないから、感染者を探し出して隔離しようというものであり、ヒトラーのような独裁政権だったら、ユダヤ人虐殺のように、収容所に入れて焼き殺せとなりかねない。
無症状の者まで隔離せよとの発想は、重症化の恐怖を煽り、健康な者を脅かす者は抹殺してしまえという発想と大差ない。
ワクチンで抗体が出来ればよいが、変異株のウィルス感染で抗体が出来ないとなるとさらに予防ワクチンが必要となる。抗体は自然免疫でも出来ると言われているが、抗体が出来ているかどうかも調べずにワクチンだけ次々に開発して接種すればよいとなると製薬会社の思うつぼである。
「2009年のパンデミック研修」
12年前のインフルエンザパンデミック(H1N1)に対応するにはとの研修を全国各地で歯科医の我々も受けたが、最初は海外から持ち込まれないように検疫を強化し、陽性者を隔離すると習ったが、その対策は今も同じだ。ただ違うのはパンデミックとなり、感染者が増え過ぎて医療機関が逼迫状態になったなら、行政は何もしないと習った。これには驚いたが、その状態をパンデミックというと講師の医師から教えられた。でインフルエンザワクチンの予防接種に歯科医を使うことは出来ないのかとフロアから質問したら、それは法律上出来ないとの返答であった。
これがパンデミックの定義としたら、今のイギリス政府のやっていることが定義通りということになる。しかし、昨年来我が政府や世界中の政府はパンデミックの対応として感染を如何に抑えむかに躍起となり、日本では法律を変えて歯科医にもワクチン接種を可能とする道を開いた。法を変えられるならもっと早く変えて置けと言いたくなる。
ところで、猫も杓子も医療界に限らずどの分野も「原因除去、原因除去」と唱え出したが、感症予防を唱え、行政を指導しているのは、すべて「二元論」に基づく医学教育を受けた専門家の意による。病は薬や外科処置や放射線などの医師が行う手法によって治せるという近代西洋医学の知識に基づき、それこそがエビデンスのあるものとの位置づけての対応である。もう十年くらい前になると思うが、つくばサイエンスアカデミー主の異分野交流のための講演会で東大の副学長で東大医学部のカリキュラムを作成しているという先生のお話を聞いた。
で講演会終了後の軽食会の席で東大では何故歯学部を作らないのですかと尋ねたことがある。「えっ歯学部?」とキョトンとしていた。歯学教育が医師に必要とは考えたことも無かったとのことだった。そんな考えで教育されて来た最高学府の出身者がずっと日本の医療制度を導いてきたのは事実だろう。
しかし今コロナ感染症対策の分科会に恒志会のメンバーが主流を占めていたらその対策はどうなっているだろうか?随分と尾身茂分科会会長の見解とは違ったものになっていると思う。いや、ならないと「恒夫の志を目指す会」のNPOの存在意義は無くなってしまう。
帝大の学長とその他の大学の学長では行政の扱いも全然違うとは学友橋口邦夫君の見解だが、九大総長だった田中健藏先生の「口腔医学」の考えがこのコロナ禍でますます重要視されてないといけないのに、肝心な時に日本に田中健藏先生が居ないとは皮肉なことである。
5年前の福岡歯科大担当の歯科医学会総会では、田中先生が大々的に掲げていた「口腔医学」の旗印は降ろされてしまい、この「口腔医学」という固有名詞は久しく業界から聞かなくなっていたが、去る7月4日の陰山康成先生率いる国際和合医療学会主催で「第5回歯科医科連携セミナー」が開催されたが、そのテーマが「新型コナ感染対策としての口腔医学」となっていた。
陰山先生のお名前は、7年前に逝去された恒志会事だった山田勝巳さんから、ネットで調べて一度陰山先生の高輪クリニックでの診察を受けてみたいと聞いていたし、ダブルライセンスの歯科医と伺っていたので、それ以来注目している。「歯科医科」と歯科を先に掲げているのは、睡眠医学のトップ研究者である土井永史先生の医科より先に歯科を受診すべきとの指摘を彷彿させる。
セミナーの演者は国会質疑で歯科の重要性を唱えている山田宏参議院議員、国立感染症研究所花田信弘先生や九州歯科大学学長の西原達次先生ら口腔単位担当の歯科に飽き足らず、全身に関る歯科臨床の構築を目指している錚々たるメンバーである。録画がネットで配信されて来たので見させて貰ったが、もう歯科抜きでは全身の健康は考えられないものとして構成されていたし、片山先生が補綴終了がスタートで長持ちさせるたには治療初期からその準備をして置かなくてはならないとした予防の概念と同じく、歯周病菌の全身に及ぼす影響を取り上げ、歯科医は健康長寿ためのプライマリケア医としての役割を未病から死に至るまでのキーマンだと論じていた。
再び「一元論」が亡霊の如く甦って来た思いにかられた。
また一昨日、今年の日本顎咬合学会の公開フォーラム2で、口腔がんをテーマにした配信がネットに流れて来た。2年前舌がん告白でその恐ろしさを国民に知らせた歌手の堀ちえみさんが発病から闘病に至るまでの経験を話され、その言語を取り戻すまでの葛藤と努力には感動を覚えた。
また土居先生からその存在を知らされていた癌専門医の第一人者垣添忠生先生など他の先生方の講話も画像を通して聞くことが出来た。最後には口腔ケアが如何に人間の死に至る直前まで重要かの画像が公開されていた。
余命いくばくもないとされた患者が福岡県のリハビリ病院にベッドに寝かされたまま転院し、そこでかぴかぴの口腔乾燥による茶色の汚れた舌苔がきれいになると同時に経管栄養でなく、口から噛んで食べることによる喜びから体力が回復してきて、とうとうベッドから立ち上がるまでに至る画像であった。公開された画像を見た一般国民は如何に10年前の東大医学部のカリキュラムが陳腐なものであったか理解するであろう。
百聞は一見に如かずである。
去年の新型コロナが騒がれ始めた頃は、空気感染するので粘膜からウィルスが侵入しないようにしなければならず、目の粘膜を保護するためゴーグルをつけ、鼻や口腔粘膜から侵入しないようにN95のマスクやフェイスシールドをつけねばならないとの警戒心が強く、ウィルスは空気中に漂っていて日常でこれを防ぐのはまず無理と思われた。
頼みの綱は日ごろから患者から返り血や唾液飛沫を浴びている歯科医としての自然免疫を獲得していることを頼みにすることしかなかった。確かにインフルエンザ予防接種を受けてもいないのに、患者からインフルエンザをうつされた経験が無いので、自然に免疫がついているに違いない。だから、郷里の同級生に歯医者は患者と30㎝以内で濃厚に接するのに大丈夫なのかと警戒されていたが、「馬鹿たれ、歯医者がコロナにかかるわけねえだろう!」と息巻いていたが、大阪市長が大阪市に5000の歯科医院があるのに何故クラスターが歯科で発生しないのかと発言し、それを受けて山田宏議員が口腔ケアが如何に重要かを国会で強調されていたが、案外我々は日頃から色んなウィルスに晒されているから自然免疫が医師に比して獲得出来ているのかもしれない。
ウィルスは細菌よりも遥かに小さな生物かと思っていたが、どうもそうではないということが解かって来た。彼らは生物の細胞内に入り込んで悪さをするだけで、細胞が死んでしまえば、増殖することは出来ず、活動を失ってしまう物質だということも解かって来た。人間の方は細菌みたいなものと思ってコロナ感染で死んでもウィルスは死滅しないものと思うから、ご遺体や葬儀に参列することを控えているが、本当にそうしなければならないエビデンスがあるのかと問いたい。
しかし、尾身会長の発言のお陰でこの警戒心は今も日本中の業種に蔓延っていて、特に大分県は警戒心の強い県だとの印象を強くしている。まず、東京方面から来ようものなら、人間扱いされない。他県の奴は大分県を歩くなという差別観をひしひしと感じた。
一番驚いたのは九十歳まで一人生活出来ていた母が悪徳業者に引っかかり、ひどい老人鬱になり、一人にして置けないので介護を兼ねた施設に六年前から入所させているのだが、神経内科に連れて行くと、付き添いが茨城県から来ていると知っているので、炎天下でも診察室に入れず、駐車場で車の中で順番が来るまで待たされ、受付が駐車場までやって来て、母と私の体温を計り、主治医はゴーグルと感染予防の完全防御衣を身に纏い、窓越しに診察をしていることだった。患者側にもマスクはさせているので、会話による飛沫感染はまず心配ないと思えるがその警戒ぶりには驚嘆した。
それと比して歯科のなんと無防備なことか!
医科ではオンライン診療が検討されているが、歯科の我々はオンラインなんて蚊帳の外で濃厚接触者にならざるを得ないのではないか?ではこの1年半で延べ何千人もの患者と接している歯科医に感染者が出ないのは何故だ?となるのは当然である。
内科には大分医療センターに通っているが、大分県で初めてクラスターが発生したところである。こちらの受付で茨城県から来たと問診で正直に書こうものなら別室に案内され、看護師が来るまで付添人は1時間待機である。
田舎の家族からは県外からの帰省は止めろと拒否されているのは全国共通の風潮だが、つい最近中学からの親友が抗がん剤の化学療法を受けるために入院していて、状態が悪化し、肺がんで72歳の生涯を終えた。
介護施設で家族の面会中止なのは全国どこでも同じだが、病院でも入院患者に対する面会を謝絶している。着替えを持って来た家族がPCR検査を受けて陰性を証明するから面会させてくれと頼んでも、病院側からは面会を拒否されていた。結局遺体を引き取るときに夫と対面することになったと奥さんは嘆いていた。亡くなった夜、家族で一晩一緒に亡骸となった夫と過ごしたと語っていた。最期のお別れの挨拶も彼は最愛の家族とは出来なかったのである。
人権とは何か?本当に陽性と認定されてない家族でも会わせることをさせない権利が病院や医師にあるのかと思わざるを得ない。
携帯が故障してお店に行こうものなら、店員がカウンターに案内せず、窓際の椅子に座らせ決して私の携帯を触ろうとせず、操作を指示するのみである。応対した店員に私は顧客としてカウントされてないのかと尋ねたら、そうだと言う。結局解決せず、つくばに戻ってこのことを同じ系列のお店の店員に伝えたら笑っていた。店員が手に取って初めてトラブルは解決したが、歯科医業も同じことだ。
歯科とはあくまでアナログ手法から抜け出すことが出来ない職種ではないのか?
空気感染を起こす強烈なウィルス保有者は極々まれで、たいていは口経由の飛沫感染であることが分って来た。尾身会長の申し子のような大分県では一時はクラスターが発生し、茨城県よりも多くの感染者を出したが、オリンピックも始まる今日、変異型ウィルスの感染もあり、緊急事態宣言下でも感染者が増加している都市圏を尻目に全国でもトップクラスの新規感染者の少なさである。
何故、そんな大分県でクラスターが発生したのかは、発熱している者が俺は大丈夫と密室のカラオケ店に行き、口からウィルスをまき散らしたことから始まったと判明した。
でそれではいけないと自重した結果東京で二千人近くの感染者が発表される中、今でも大分県の新規感染者は一人か二人の日本でトップクラスの少なさである。人口比率から見ても素晴らしい予防振りである。
カラオケが発生源と考えれば、ウィルスは口経由で取り込まれ、気管経由で肺胞にウィルスを運ぶことで感染すると考えてよさそうだ。ウィルスが胃に運ばれても、ピロリのように活動を続けるとは考え難い。鼻で飛沫を取り込んだり、鼻から息を出して本当に感染を起こすのか疑問である。
今年から始まった大学入試共通試験でマスクから鼻が出ているのを何度も注意され、それを拒否した受験生が退場を命じられ、トイレに閉じこもって占拠した罪で逮捕されたと報じられたが、本当に鼻をマスクから出して呼吸するくらいで飛沫を周りに飛び散らすのであろうか?驚いたのは受験生を擁護する意見が私の知る限り、マスコミから出なかったことである。
TV画面でマウスシールドをつけた出演者をよく見かけるが、鼻の周りはすかすかでこの受験生のコロナ対策とは大差ないと思うのだが、こちらは退場命令は出ない。
前号で松田豊先生が「コロナ渦中における会報発刊にあたって」の文章の中で「歯周病対策による口腔内環境保全が新型コロナウィルスの感染防御に役立つ可能性は残されていると思う」と述べているが、この予測が正しかったことが、1年後の今日、アメリカ科学誌「ネイチャーメディシン」でノースカロライナ大学などの研究チームが新コロナウィルスの増殖は主に口の汚れからと発表したことで解かる。
とどのつまり、片山療法の唾液磨きで口腔内の増殖したウィルスや常在菌を食べかすや汚れもろともに胃の中に入れてしまえということだと思うが、誤嚥性で肺に行きかねないので、バキュームしながら、口腔内を一度清潔にしてしまい、後はウィルスや細菌が蔓延らないように口腔ケアをやって置けば、感染予防に繋がるということだ。
3密を避けるよりも、ホスト側の対応能力を高めろということだ。東京新聞の論調を見ると、オリンピックなどの経済優先よりも、感染防止の命の方を重視しろとのことだが、イギリスの対応も経済優先か感染防御優先かで報じられているが、もういい加減に二元論に基づく専門家の尾身会長のような逃げる避ける一点張りの意見を重宝せず、一歩踏み込んで健康とは何か、どうすれば健康を維持出来るかに踏み込んだ医科歯科統合の一元論に基づく専門家意見を政策として重宝したら如何なものだろうか?
コロナ騒動は人間丸ごと見ないと健康は保てないということを教えてくれているが、この手法はどうしたらよいかすでに片山先生が示してくれている。
「開業歯科医の想い 続編」と片山先生ご自身が銘うって土居先生に贈呈した歯界展望1000号記念の特別講演「歯科臨床*限りなき未来のために」を今8回目の音読をしているが、この中に「片山一元論」が集約されているように思える。スライド写真集が発刊される9年前の1990年の講演である。
‘89年12月 京都国際会館で開催された特別講演
HP ウェブカレッジ 講演Part2に全文掲載
31年前の平成2年のことであり、阪神大震災前の片山先生による「一元論」の言霊である。
しかし、全身を見据えた歯科医療と言挙げしたところで、身近な者から、こんな病気があるのかと認識するだけで、全身に関わる病気の実態が解からない。そんな時、タイムリーに私の生き字引である橋本賢二先生から今年医歯薬出版から刊行された「歯科衛生士のための全身疾患ハンドブック」という本が贈られて来た。
その中で肝炎・肝硬変の項目に肝硬変で年間1万7千人が亡くなり、その原因の60%が肝炎ウィルスの感染から来たものであることが書かれていた。年間死亡者数から見るとコロナ感染による死亡者数とほぼ変わらないことになる。B型C型感染者の合計は我が国では推計280~350万人とあった。
しかし、誰がウィルスに感染して無症状の陽性者なのかは追求せず、ウィルス保有者も日常の生活を送っているが、マスコミは騒がないので国民も平気の平左である。
歯科衛生士のための「全身疾患」ハンドブック(¥3,200 + 税)
ハンドブック目次
科目別に疾患の解説
健康を模索する人間の思考とは実にあやふやなものと言える。臨床医は人間を知ることが大切と教えたのは片山先生だが、それを言葉で私に伝えてくれたのがDr.ダイヤモンドだ。
Dr.ダイヤモンドが今年の4月25日に逝去されたことが副理事長の鈴木博信先生から我々に知らされた。
彼こそ医師として人間とは何かということを模索してきた人物である。「地べたからの想い」Vol.4号に「Dr.ダイヤモンドの発言とその後の出来事」で述べたが、片山二大用語のもうひとつ「長持ち」の落とし穴から片山の言う「地べた」とは何を意味しているのかを思考し、片山恒夫は2次セミナーを開いてまでしていったい何をやろうとしたかったのかを「我が一元論」(その3)で述べてみたい。
令和3年7月23日 記
「地べたからの想い」Vol.4 「Dr. ダイアモンドの発言とその後の出来事」をお読みになるときは、左のDr. ダイアモンドをクリックして下さい。
「我が一元論」番外編
NPO法人恒志会 常務理事・歯科医師 緒方 守
〈 この記事は「不二」令和三年8月号に掲載された「我が一元論」を、執筆者が再度加筆修正したものです 〉
「生死何ぞ疑はん 天の付与なるを」、この西郷さんの言葉を文字通り解せば、こちとらコロナで生きやうが死のうが、そんなの知ったことか、あちらさんに生死は任せたと開き直りたいところだが、特にオリンピック後のデルタ変異株ウィルスによる急激な感染増加と医療機関の重症病棟の逼迫状態が報じられると、やっぱり考へてしまふ。
恐らくオリンピックの開催、中止に拘はらず、いづれこのやうな事態が招来されたと思ふのが自然である。
しかし、こうコロナコロナで日常生活に影響が出て来ると一体この騒動の正体は何だと疑ひたくなるし、自分なりの対処方法を確立させ、あとは社会風潮に適当に付き合ひながら、生きてゐるうちに自分の任務を果たすだけのこととなる。
「イベルメクチン」
さて、オリンピックの開始時に私の関係するNPO法人「恒志会」の年一度発刊の機関誌「地べたからの想い」に「我が一元論(その2)」を寄稿したばかりだが、それと同時期に、財団法人「大東会館」の機関誌「道の友」七月号に福永武代表が、「I医師の話」として「イベルメクチン」がインドで治療効果を見せてゐたのにWHOが使用すべきでないと発表し、その結果今春からインドでデルタ変異株が爆発的に感染拡大し、インドでもWHOの指示を不服とし、再びイベルメクチンを使用する州も増えて来たし、I医師の新型コロナ病棟も落ち着いて来てゐるので、「コロナ狂騒曲を止めよ」と福永代表は提唱してゐる。
余談だが、私はこのI医師が誰だか分からないので「イベルメクチン」について「恒志会」の理事に尋ねたところ、日本の谷岡久也博士がイベルメクチンはアフリカで熱帯性感染症で1990年代から使用されてゐるが、その住民にコロナ感染者が少ないのに注目し、昨年五月に英文で「Journal of Antibiotics」に投稿したが扱ふ分野でないと返却され、十月に未発表論文を査読無しに掲載する「medRxiv」に投稿、今年三月二十六日に公開されたとのことである。
アフリカのイベルメクチン投与国三十一か国と不投与二十二か国を比較したら、コロナ罹患率と死亡率は有意に低かったと云ふのが論文の結論であるが、コロンビアとアメリカでも同様の新型コロナに対するイベルメクチンは有効との論文が出てゐる。
しかしWHOは直ちに三月三十一日に「証拠が非常に不確実で、新型コロナに使用すべきでない」と発表した。
ところが、インドではこの指針に従ったところ急激に感染者が増えたので、この指針に従ふことを止め、独自の治療指針を出してイベルメクチンを再び使用し出した州もあるとのことだ。
何故WHOが使用を禁じたのか、その真意は計りかねるが、この情報をラインで流したところ「寮友会」メンバーでバングラデシュとの親交に献身的に活動されてゐた出雲在住の石飛博雄兄から、BSフジのプライムニュースでイベルメクチンが取り上げられ、東京都医師会もコロナ治療薬として推奨してゐるとの情報が寄せられた。ただ、この薬は入手困難とのことだ。
新しい変異株に悩まされ、更にワクチンを開発し、接種する連続でよいのか?
話をオリンピック開始時に戻すが、この福永代表の「道の友」の巻頭言を読んで、私が書き上げたばかりの「我が一元論(その2)」を代表に送ったところ、片山恒夫と云ふ人を私から聞いてある程度知ってゐるが、知らない読者のために説明を加へて「不二」か「道の友」にタイムリーな時期なので寄稿して欲しいとの依頼があった。
最初は「道の友」に寄稿しようかと思ったが、ラインの寮友の一人が是非「不二」に載せて欲しいと云ふので、代表に確かめたところ、片山恒夫と云ふ人に関する説明があれば、そのままの文章を載せても構はないとの回答を得た。
「我が一元論」を取り崩して文章を書き直さうかとも思ったが、何度読み返しても崩しやうが無いので、さうさせて貰ふことにした。
それにオリンピック終了後のデルタ変異株の驚異的な拡散は「狂騒曲」が鎮まるどころかますます混迷を深めてゐる感があるので、愈々歯科からの観点がその対応に適してゐるのではと思へるので、改めて言挙げすることとした。
「一元論」とは、今では死語になって来たが、我が国の医科と歯科に別けた教育・医療制度を統合することを意味する。
「我が一元論(その一)」では、この一元論に基づく「口腔医学」を提唱して来た田中健藏先生のことなどに触れて述べた。田中健藏先生は九州大学総長を経て、福岡歯科大学の学長となり、歯学部教育の改変を試みた人だが、専門は動脈硬化症の世界的権威を持つ病理学者である。
現在の風潮は医科歯科二元のままにして、医科歯科連携や多職種連携といふ言葉に置き替へられてはゐるが、医学部の医学生から専門分野に進むときに歯科の道に進む欧米や中国と違ひ、日本では大学に進む時から医学部と歯学部に別けられて教育されてゐるので、その歴史が違ふし、これが本当に先進国と自称してゐる我が国の取るべき医学教育かと、甚だ理に適ってない教育制度だと私などは常々感じてゐる。
ハーバード大学の医学部の進路の一番人気は歯科であるし、中国の医学部のトップ五十人が歯科に進学してゐると医科歯科大に来た留学生に聞いたこともある。
つくば市の歯医者の息子が歯科を馬鹿にして、歯医者にならずハーバード大に留学したところ、親父が歯医者と聞いたアメリカの同級生から、それなら何でお前は歯医者にならないのかと馬鹿にされたとのことで、驚き帰国して医科歯科大学の歯学部に入り直したとゐふ笑ひ話もあり、もうすぐその息子も卒業と聞いたのでそんなに昔の話ではない。
兎に角日本の医学教育は歯科を除け者にし過ぎた感がある。
片山恒夫と恒志会
「恒志会」と云ふ名前は、片山恒夫と云ふ豊中市で開業してゐた歯科臨床医だが、機関誌「地べたからの想い」と同様、片山先生ご自身が付けた名前である。在りがちな「恒歯会」とせず、「恒志会」としたところは注目すべきである。
片山恒夫と云ふ名前は朝日新聞の健康欄に『歯無しにならない話』で、それまで大学では手術しなくては治らないと言はれてゐた重度の歯周病に罹患してゐた歯を手術しない方が長持ちするとぶち上げ、その証拠を写真で示して、日本中が驚いてから一躍知れ渡った。そのため歯周病の大家と思はれてゐるが、入れ歯からクラウンまで補綴物はすべて技工士を使はず、自分自身で作成し、特に得意なのは総義歯と語ってゐた。総義歯二百万円と言はれても新幹線を使って遠方からやって来る患者もゐた伝説の歯科医である。
NPO法人は「片山セミナー」の受講生延べ五千人の中のひとりが先生の考へを世に残したいとして、晩年の九十四歳を迎へようとしてゐた片山先生の許可を得て、平成16年に成立したものである。
影山塾長と片山恒夫の接点
片山先生はNPO法人恒志会設立後の二年後に逝去されてゐるので現在生きてゐたら満111歳の明治四十三年生まれである。と云ふことは、影山塾長が明治四十三年六月十二日、片山先生が一ヶ月後の七月十四日生まれで共に同時代を生き、影山塾長は昭和五十四年にこの世を去り、片山先生はその後の二十七年間をこの世で過ごしたが、お互いに生前はその存在を知らなかったことになる。
私は、高校を卒業し、昭和維新を影山塾長の下で起こすとの意思を持って上京し、出来て三年目の大東会館学生寮に入寮した。で、塾生たちに交じって塾長の講義を聴くことを申し出て許された。その時のテキストは「求道語録」だった。その中で印象に残ってゐるのは「日本主義」についてであった。
当時は今と違ってイデオロギー論争が盛んな時で、資本主義か共産主義かで、世界も両陣営に二分されてゐた。影山先生は「日本主義」を強いて言ひ表せば「生命主義」と呼ぶべきと語ってゐた。
そして、神道とは「むすび」の思想であるとも語ってゐた。生きてゐる時は常に生き生きしてゐろと云ふのである。
後に、じゃあ我々も学生運動の組織を作らうとなって、日本学生連合にするか日本主義学生連合にするか考へた時にこの日本主義を選択したのは、この時の私の受けた講義によるものである。この教えは今も生き生きしてゐればカラ元気でもいいやと嘯くことに繋がってゐる。確く神州の不滅を信じて、いつも「生き生き」としてゐれば「絶望」と言ふ言葉とは私には無縁な訳だ。
その影山塾長が元号法制化を期として自決された二年後の昭和五十六年に「松風」と云ふ歯科材料店の主催で電通会館で超満員の無料の講演会が開かれた。
この時片山先生は七十歳である。常々男は七十までおしゃべりするなと言はれてゐたが、恐らくその七十が過ぎて本音で自分の考へを述べ始めた時期ではないかと思ふ。
その時の講演会に参加して、私はこの世に片山恒夫と云ふ人が居ることを知った。四十年前の七十歳は今の感覚では九十歳くらいではないだらうか?
恐らく口腔内の写真スライドを出して講演されたと思ふのだが、どんなスライドだったかまったく記憶がない。
「最近、開戦の詔勅を読み直してゐるが、まったくその通りだと思ふ」と語った。フロアからの質問で「今、開戦の詔勅と言われたか?」と聞いた気がする。「君たちは知らないかな?何故日本は戦争しないといけなかったかが書かれてゐる」と答へられた様な記憶がある。
大東塾で「神拝綱要」にも載ってゐるし、さんざん「終戦の大詔」のことは聞かされて来たが、「開戦の詔勅」を読めとまさか歯医者から聞くとは思はなかった。フロアからもどんどん質問が寄せられ、会場時間が過ぎてしまい、主催者が止めさせようとしたら、ジロリと睨んで、何か文句でもあるのかと一向に止める気配が無かった。これは面白い爺様が居るなと感じ、その後に開催され出した泊まり込みの「片山セミナー」に参加するやうになった。
片山恒夫と僕たち
そのセミナーで目立つ程、私はよく質問してゐた。で2,3回片山セミナーを受講した後、片山先生から一度俺のところに来ないかと誘はれた。
片山先生の所には全国の歯科医が教へを請ひたいと申し込んで来るが、その時は何を質問したいか原稿用紙に書いてあらかじめ提出せねばならないが、緒方君の場合こちらから招待してゐるので提出は不要であると言はれた。
その時、私の勤務してゐた茨城県岩瀬町にあった山王病院の歯科に片山セミナーで同室になった堀俊郎先生をスカウトして勤めるやうになってゐたので、彼を同行してよいか尋ねた。彼は新潟県長岡市出身のお祖父さんの明治時代からの草分け的な歯科医の息子で根っからの歯科の勉強が好きで何万もする歯科の講習会を給料をはたいて受け回ってゐた男であった。現日本歯科医師会会長である堀憲郎先生の実弟である。
彼も原稿を提出するのであればとのことで同行を許された。行ってみると、他に3名の片山セミナーの受講生が来てゐた。この5名で片山先生の話を直に片山療法に就いて聴くことになった。
この時の衝撃をカルチャーショックと云ふのだと思ふが興奮し過ぎて、帰りの新幹線で切符をどこかで落としてゐることが車掌が来て解かった。困ったなとカバンの中を探したが無い。その時、以前に片山先生から患者ごとの診療時間とその時に掛かった治療費をデーターにして提出せよと言はれてゐたので、その資料のデーターを記したノートがあった。それを見つけた車掌があなたが歯科医であることを信用しませうとのことで、申告通り無賃乗車でないことを証明する書類を渡してくれた。
当時の歯科医は歯の110番が出来る程、治療費は高額で、入学した翌年は東大入試が史上初めて中止になった年で東京医科歯科大学には東大に進むべき連中が医科歯科大に入学して来たが、トップは歯学部の方が上だったと聞いてゐる。また勤務医の収入も医師より歯科医の方が高かった時代であったし、東大や一流大学を卒業した博士が歯学部に入学してきた時代でもあった。
今や医科と歯科の学力の差は歴然とし、教養の二年間は医学部と歯学部は同じ授業を受けてゐたが、入学試験の学力の差があり過ぎて、医学生が歯学生を馬鹿にし過ぎて授業にならないと教養部の運営に苦労してゐるとの話だが、無理もない。歯科はまったく魅力のない学部になってゐる。
今年、明治大学を卒業した私にとって次男の息子に歯学部に行けと高校時代に勧めたら、高校の進路指導の先生が弁護士と歯科医は食って行けなくなるから止めとけと言ったとのことだった。
ちなみに、案の定進学しても勉強せず、夜と昼が逆の生活で、いつも大学から成績表が送られて来るが、低空飛行で留年危機の知らせばかりである。留年したら、退学するか大東会館学生寮に入れと宣告したら、母親に学生寮に入るのは嫌だから、もう一回チャンスをくれと頼んでゐたらしい。
まったく大東塾を何と思ってゐるのだらうか?で、コロナのお陰で授業はまったく中止、レポートか何か知らぬが留年せずに卒業出来た。今は休みと言へば友達に誘はれ、泊まり込みでどこかに出掛けてゐる。
いくら政府がコロナ感染の危機を唱へて外出を控へろと若者に注意したところで馬耳東風である。ワクチンは申し込んでも行動を起こすのが遅いのでいつも出遅れ、誰も陽性になった者は居ないとコロナを舐めきった連中の集まりみたいである。
しかし、連中も盆休みで旅行に行く前にPCR検査は受けたらしく、全員陰性だったから大丈夫と言ってゐるらしい。
こんな連中が歯科医になっても、お国のためには何にもならないと思へるが、当時はまだ、車掌が認めるほどの地位を歯科医は確保してゐたと言へる。
片山先生の診療室訪問とカルチャーショック
片山先生は歯科医としては七十歳当時は開業臨床を止め、後輩たちに歯科とは何かと云ふことを教へることに完全に舵を切ってゐた。
診療室はごみ一つ落ちてなく、技工はすべて自分でやってゐたし、材料屋は診療室に入れずに受付のすりガラスに透明テープを貼り、そこから中が覗けるやうにしてゐた。士農工商の身分制度がこの診療所には遺ってゐるのかと錯覚するほど驚いた。人格差別ではないかと今ではやり玉に上げられ兼ねないが、そんな様子であった。
洋室の応接室のドアや壁にはドン・キホーテの像を形どった飾りが掛けてあった。「これはドン・キホーテですか?」と尋ねたら、「ドン・キホーテは我が家の象徴だよ」と答へてくれた。高校の時、父から学校の歴史授業でドン・キホーテは時代遅れの者を風刺した小説だと教はったと話したら、何を言ふかと影山塾長の「年輪抄」の中にあるドン・キホーテを謳った詩を見せてくれたので、印象深い名前である。
この時に受けた衝撃をカルチャーショックと言ふのだらう。
勤務先の歯科室に戻ってから、自分の臨床に変化を齎した。まず患者に話ばかりして、歯を削る行為になかなか移らない。保険診療の評価は削って詰めていくらの世界で、その技術が巧かろうが下手だろうが、時間が掛からうが掛かるまいが、まったく無視した報酬体系になってゐる。従って歯科収入は三分の一くらいにがた落ちである。同行した堀先生がこの人は感化を受け易い人なんだなと思ったと語ってゐた。
当時山王病院の屋上に掲揚塔が付いてゐたので、日の丸を掲げてゐたが、屋上に昇った時雷が鳴り出し、このちっぽけな自分の身に落ちてくるのではと錯覚したほどだった。後にこの話を堀先生に話したら、自分にはその雷が鳴ったと言ふ記憶がまったく無いと言ふのである。
あれ程大きな雷鳴が響ひいたのにと不思議に思ったが、雷と言へば十四士の御霊だが、片山先生の所から戻って来て何故か大東塾十四烈士の「自刃記録」を読んだ。あんな読み方は後にも先にもその時だけだが、別に普段から自刃記録を読んでゐる訳ではない。兎に角、行間からこの意味は斯うだと語り掛けて来る様な感じがした。そして、我らが死ぬのはあの世に行くために死ぬのではない、この世のために死ぬのであるとの文章に触れた時、涙が出てしやうが無かった。
だから、私が歯科医として人生を送るなら、片山の所へ行けと十四士たちが導いてくれたに違ひないと今も思ってゐる。私が目指して来た「維新」とは何か?その実現のための手法は?と考へた時、その回答は片山哲学と言はれてゐる歯科の手法の中に在るとの信念は今も変はらない。
影山塾長は我々日学連の学生を前に「縁とは神のものである」と話されてゐたが、それと同時に耳にタコが出来るほど聞かされた「西郷さんではないが人を相手にせず、神を相手にせよ」との言葉が「我が一元論」の行き着く先である。
片山療法のコロナ対応と唾液
片山哲学を語り出したら切りがないが、コロナに話を戻さう。
今、政府や尾身会長が言ってゐる変異型ウィルスの驚異的拡散もそれに対するワクチン開発や抗原陽性検査もすべて、外から対処しやうと云ふ発想の下から出てゐる。これでは何の解決方法にもならない。不特定多数の抗原検査を測ってその数を挙げたところで、日本の様にPCR検査を受ける母数が定まってゐなければ、そのカウントは科学的根拠に乏しいし、抗原検査を受けてない者からのウィルスが感染源になってゐるのは確実である。
感染経路を辿るなら、今やクラスターは家庭の中にあると言へる。同じ測るなら、抗原を持ってゐるか居ないかを探るのでなく、この人は抗体を持って居るかゐないかを調べるべきであらう。抗体価が高いなら、少なくとも自分は無症状のままである。自然免疫が獲得されてゐるのなら、コロナから今の様に逃げ回る必要もない。
尾身氏が専門家として言ふべきことは自らの免疫力を高める方法を全国民に進言すべきである。悲しいかな彼は歯科医でないので、口腔機能の持つ働きを勉強してゐない。
ウィルスを微生物の如く扱ひ、兎に角撲滅と逃げ回ることばかりを勧めるが、こんなことを言ってゐたら、クラスター発生地だけでなく、日本中を七十五%の高濃度のアルコールで消毒せねば安心出来なくなり、そんなことは到底無理である。
ウィルスはどこから人に入って来るかを明確に絞るべきである。感染は鼻・口・咽喉の粘膜から起こると言はれてゐるが、特に今は飛沫より更に細かいエアロゾルの浮遊物体を吸ひ込むことで空気感染を起こしてゐると言はれてゐる。さうなると一番危険さうな入り口である口をシャッタアウトすべきと考へる。
感染の主たる原因は経口を通してであり、経口を通して胃ではなく、気管を通して肺胞に行くことを防ぐべきと明確に定めて、そこに各人が防波堤を築けばこと足りるのではないか?手を洗へと言ふのは、手を清潔にするのが目的でなく、手から口を経由してウィルスが取り込まれるのを防ぐのが目的であるとはっきり認識させればよいだけの話である。
だったら、神州是清潔の民が汚れた世界から家庭に戻ったならば、手だけでなく体中を洗ひ流す方がより安心だと解かる。それを即ち「禊」と言ふ。この行為は神世から日本民族が行ってゐた行為である。
次に自己免疫を高め自然に抗体の獲得を目指さねばならないが、そのカギは人間が出す唾液を如何に口に導き出すかに掛かってゐる。それは養生訓でないが、噛んで噛んで噛んで口から自然に食べ物が食道に流れ込むやうな食べ方をすればよい。さすれば唾液は一日に一升瓶くらい分泌され、発がん物質も消えて行くことは日本人の科学者が証明してゐる。
卑弥呼の時代は穀物を一時間くらい掛けて食べてゐたことが考古学で歯を調べて解かってゐる。玄米食を世界中に広めに行ったのは桜沢如一先生だが、彼は大東亜戦争で日本が敗れた後、その日本の大義を世界に示すべく、フランスに旅立ち、終戦の前年に亡くなったノーベル学者の医師アレキシス・カレルの「人間この未知なるもの」をフランス語の原語本で訳した。
今アマゾンでこの本を検索してみると、渡辺昇一氏が英語の翻訳本を更に日本語に訳して販売されてゐることが解かる。しかし、読み比べると、遥かに桜沢先生の訳の方が格調高い調べかが解かる。
で、玄米食を世界に広めたのは桜沢如一先生だが、恐らくフランスに旅立つ前だと推測してゐるのだが、大東塾の影山先生を訪ねてゐる。玄米とは稲穂を意味するが、それは日本民族が神から授かった、この世を治めるための手段として神話に記されてゐる。
これこそ窮極の日本の大義である。
今から百年前にアメリカのウェストン・A・プライスと云ふ歯科医が世界中の人種の口の中を調べ、輸入されて来た欧米白人のパン食に変へた人々と、伝統食を食べ続けてゐる同じ地区の人々を比較し、証拠写真でそれが身体にどんな変化を齎したかを世界で初めて示した本である。
それの翻訳権を取得し、日本語に訳したのが片山恒夫先生である。この「食生活と身体の退化」と言ふ訳本は、今我々の手で使われなくなった医学用語や写真をデジタル化して新しく改めて片山先生の本より半額にして出版してゐるが、その旧本を鈴木代表に見せたところ、その帯の中にある「桜沢如一」の名前を見つけて、「おお、懐かしいな、桜沢先生の名がある」と言ってゐた。
聞くと桜沢先生が影山塾長を訪ねて来たと言ふのである。これには私も驚ゐたが、片山先生から敗戦後に日本を去ってフランスに出掛けた人で玄米を広めたと人と言ふことを聞いてゐたし、片山先生が訳したプライスの本を読むと如何に食と言ふものが身体に影響を与へるものか。それは人種に限ってゐないので遺伝ではないことが解かった。そして一番驚いたことは、食が乱れて来ると、その村の治安が悪くなってゐると云ふ指摘であった。
コロナ対応と維新
ここまで来ると私が何故維新を目指して上京したのであるが、何故歯科医となってしまったのかと云ふことが片山先生を知ることで明確になって来た。
玄米を世の中に広めることは天孫降臨からの天皇陛下の皇祖皇宗に対する現世のお役目であること。その玄米食の食べ方文化は唾液分泌に大きく関はってゐる。そしてそれは人間の持つ自然の治癒力や免疫力を導き出してくれる。
我らは大東塾から天皇陛下のお役に立つ真日本人になれと叩き込まれた。食の問題は個人を助けるので、反天皇の諸外国勢力も中村哲医師を殺害した連中は別として、文句は言ふまい。
どんなにIT化が進み人工知能AIがその能力故に人類の存在を脅かすことにならうとも、この文明では人類は救へないことを断言して置く。
何故なら文明とは便利で能率もよくなるが、その陰には、人間の持つ横着さと自然能力の退化を促す要素を持つからである。個人個人が全ふになる自己維新への過程こそ、幸福感を味はへるのに文明はその人間の自然能力を奪ってしまひ兼ねないからである。
ウィルスは人類の歴史と共に現れ、戦争の武器による人類の大量虐殺よりも遥かに多い死人を出して来たと云はれてゐるが、日本の本是神州清潔の民に飢餓はあったが、ウィルスによるパンデミックが起こった歴史はあったのだらうか?
よろしく日本人は新型コロナの流行に惑はされずに、口腔からの健康保持に頭を働かせ、自己維新に励んで自分はもとより、我が国びと、ひいては世界を救ってやるべきである。
片山恒夫と影山正治
片山先生に呼ばれて戻ったあと、影山塾長のドン・キホーテを謳った詩を礼状と共にコピーして送ったら、すぐ、電話が掛かって来て、これは誰の詩かと尋ねて来た。先ごろ自決した大東塾の塾長だった影山正治と云ふ人だと答へ、父の縁で知ることになったと伝っへると、君では分らないだらうから、お父さんに聞いてこの人の記した書物をすべて送って欲しいと言って来た。
この依頼には塾長には莫大な書物があり過ぎて困ったが、父に相談したら、「求道語録」と「一つの戦史」を送れと言って来た。で送ったあと、「一つの戦史」は是非今の若い人に読んで貰ひたい本だ。」とのお礼の返事があった。
そして、傍にずっと仕えてゐた歯科衛生士には「求道語録」の中にあった庄平翁の「肛門心」と言ふことがとても大切だと語ってゐた様だ。
その二十年後のNPO法人が設立された「恒志会」の機関誌に「地べた」と名付けたのは、その時の「肛門心」の想ひが既に根付いてゐたのだらうと推察してゐる。
片山先生と出会ってから、その後に起きた縁の不可思議さは、まさに影山塾長の言はれた神のものだったことを付き加へて「我が一元論」のコロナ騒動番外編を終へたい。
令和3年8月15日記
Writer profiles
土居 元良
NPO法人恒志会 理事長・歯科医師
田中 健藏
学校法人福岡歯科学園 理事長
鈴木 博信
NPO 恒志会 副理事長
沖 淳
NPO恒志会 常務理事・歯科医師
山田 勝巳
山田自然農園代表
NPO日本有機農業研究会 理事
緒方 守
NPO法人恒志会 理事・歯科医師
のきた 康文
NPO 恒志会 理事・歯科医師
松田 豊
NPO法人恒志会 理事・歯科医師
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